ルシルの幸せ
「ねえ、ルシル」
「はい、なんですか?」
ルシルは眩しい笑顔でぼくに返事をする。
ぼくは我慢の限界になり、ついに尋ねた。
「随分、嬉しそうに家事をするね?」
「ええ、家事は大好きですから!」
ルシルはきっぱりとそう言った。
「ぼくが君の弟子になる条件に家事をするってあったけどさ、あれはお願いの代わりに嫌なことをするって意味じゃなくて、自分が大好きなことをしたいから、ついでに条件に盛り込んだってこと?」
ぼくの言葉にルシルの表情は固まった。
「す、すいません!言いませんでしたけど、私は家事が大好きなんです!人のお世話をするのが大好きなんです!」
うん、薄々は感じていたけど。
「私の夢の一つに、自分の愛弟子を心の限りにお世話したいとあるんです!」
「ふーん、まあいいけどさ。だったらなんで今までそうしなかったの?弟子は出来なかったかもしれないけど、適当に仲良くなった人のお世話でもしたら?」
「い、いえ。私は他の教師にも、生徒にも敬遠されていますから。無理です」
「なんで?ルシルってこんなに親しみやすいのに」
「それはムゲンくんに魔法社会の知識、特に私に対しての情報が全くないからです。普通の魔法使いたちは私の世界最高の魔法使いと言う名前に、恐怖や嫉妬を感じて軽々しく近づいてきてはくれないんです」
「そんなに怖がれているんだねえ?」
「ムゲンくんだと、聞いてみてもピンとこないでしょうが、私の戦歴を聞くだけで距離を置かれてしまいますよ」
「じゃあ、もう魔法使いなんてやめて普通に誰かの世話をする仕事につけばよかったのに」
「……私の小さい頃の夢は、メイドさんとか、寮母さんでした。でも、十歳の時に魔法使いの才能に覚醒してしまったときに私の将来は定まってしまったんです。私の周りの全ての人たちが魔法使いになる道以外を許してなんてくれませんでしたよ」
「でも、だったら今から転職すれば?」
今なら誰もルシルには逆らえないだろう。
覚醒した当初とは違い、今は大人なのだから。好き放題に出来るだろう。
「今は、もう新しい目標ができてしまいましたから、やめられません。だから私がお世話を出来るのはムゲンくんだけなんですよ」
「うーん、だったらさ。これからぼくに知り合いが出来たら、お世話係がほしいか聞いてみるよ」
「それはダメです。例え、私にお世話してほしいと言ってくれる人が現れても、周りが許してくれません。世界最高の魔法使いが他人に奉仕するなんて、決して許されないことなんですよ。ムゲンくんは私の愛弟子だからこそ、ぎりぎりセーフなんです」
「ふーん」
そういう理由なら仕方がない、のか?
まあぼくの叶えてほしい願いはワールド・バンドのメンバーに会うことだし、初めから家事はただのおまけだった。
ただ、本当のことを言わなかったから違和感を感じたに過ぎない。
それに、あれだけ楽しそうにぼくの世話をする姿を見てしまえば、何か文句をつけるなんてことは無粋にもほどがあるだろう。
ぼくもこれからは、気合を入れてルシルをこきつかっていくことに決める。
……喜ばれそうだが。
「そっか、じゃあこれからも頑張ってね」
「はい!頑張ります!」
ルシルはぼくに頭を下げると家事を続けた。
ああ、これがルシルの幸せなんだとよくわかる。
他人の世話をするのが生き甲斐。
とてもではないが、ぼくには理解出来ない。
ぼくは基本的に誰かに世話をされたいからだ。
……あれ?これは意外とルシルとの相性がいいのでは?
だけど、今まで普通に生きてきた身としては、落ち着かないのも事実だ。
これまでは、一応自分のことは自分でしてきたから。
いつか、世話をされることに慣れる日が来るのだろうか。
……あまり、慣れたくない気もするが。
ぼくは家事を続けるルシルに聞いてみた。
「他人の世話をするのって、そんなに楽しいの?」
「楽しいですよ。あ、でもムゲン君は他人じゃないですよ。愛弟子ですから」
「どこが楽しいの?」
「全部です。私の作った料理を美味しいと言ってくれることも、私の洗濯した服を着てくれることも、私が掃除をした家で生活してくれることも。全てが私の幸せです」
「成る程、自分の手のひらの上で他人を転がすのが楽しい、と」
「そういう意味じゃないですよ!」
「でも、なんだかテレビや漫画で見る魔法使いとは違う考え方だね。もっと悪い感じだと思ってた」
「勿論、そういう人たちもいますよ。むしろ多いくらいです。でも私も十歳までは一般人だった半端者ですからね。正しい魔法使いとは違うのかもしれません」
「そっか、なら仲良くやっていけそうでよかったよ」
「ありがとうございます。でも私もそう思ってますよ。普通の魔法使いよりもムゲン君のほうが、付き合いやすいです。まあ、ムゲン君は移り気なので、学院が始まったら直ぐに違う誰かの弟子になるとかって言い出しそうで怖いんですが?」
「ああ」
「否定してくださいよ!」
そんなこと言われても、ないとは言えないのである。
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