第二章 学院初心者以下編
新しい生活
イギリスの他の学校はどうだか知らないが、この魔法学院は日本の文化をベースにしているようで、週休二日制。
土日がしっかりと休みだったりする。
入学式が金曜日だったので、ぼくは直ぐに二連休に入った。
昨日から、話の流れがあまりにも怒涛の展開だったことと、外国に来たことによる時差ボケでぼくの体はとても疲れていたようだ。
土曜日はぐっすりと丸一日寝てしまった。
★
「んん?」
眩しい光に目覚めてみると、あまりにも寝てしまったようで、時間や体の感覚がおかしい。
どうやら、目覚ましが鳴る前に起きてしまったようだが、今は何時なのだろう。
ぼくは枕元に置いてあったスマホを手探りで探すが、なかなか見つからない。
「今は、午前七時ですよ。朝食の準備は出来てますからね」
「え?」
突然、声が聞こえたのでびっくりした。
その声がした方向に目を向けると、既に私服に着替えているルシルが立っている。
「早く起きないと冷めてしまいます。着替えを手伝いますので立ち上がってください」
「あー」
ぼくが意識のはっきりしない頭で、反射的にベッドから立ち上がると、パジャマを脱がされて私服を着させられる。
「うーん、本当に朝は弱いんですね。ムゲンくんは割と隙が無い人だと思っていたのに、今は隙だらけにも程があります。さあ、リビングに行きますよ」
「あー」
ルシルに手を引かれて、どこかに連れられて行く。
気づくと、どこかの椅子に座らされた。
「さあ、これを飲んで頭を覚醒させてくださいね」
よくわからないが、目の前になんらかの湯気が出ているあったかい飲み物が置かれる。
ぼくは無意識で反射的にそれを口に運ぶ。
「……苦い。これはコーヒーだ」
ぼくはその味を確認する。
「砂糖と、ミルクを入れますね」
ルシルは苦笑しながら、ぼくのコーヒーに砂糖とミルクを入れてくれた。
一口、二口と飲むうちに頭が覚醒してくる。
「ここは、どこだ?」
「どこだって、支給された新しい家ですよ。さあ、そろそろ朝食を食べてくださいね」
並べられているのは食パンと目玉焼き、ウインナーとサラダだった。
「美味しいね」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ぼくの素朴な感想に、ルシルはとても嬉しそうな顔をする。
こんな感想ぐらい誰でも言ってくれると思うのだが、誰かに手料理を作ったことはないのだろうか。
それにしては手馴れている気がするのだが。
「今日は、どうする予定ですか?」
「うーん、とくに考えてないよ。まあゆっくりする」
「はい、わかりました。では昼食の希望はありますか?」
「まかせるよ」
「了解です。じゃあ私も今日は家にいますね。私も昨日は買い物で時間を使ってしまったので、一日中家事が出来ます」
なにか、違和感がある。
★
あれからまた自分の部屋に戻り、もう一度ベッドに入って昼の十一時まで寝た。
起きてから、そういえば私服で寝たので怒られるかなとも思ったがあまり気にしないことにする。
その時はその時だ。
自室から出てリビングに向かうと、掃除をしているルシルを見かける。
「起きましたか?あら、服がしわになっちゃいましたね」
「うん、ごめんね」
「気にしなくてもいいですよ。また洗いますからね」
目敏く気づいたルシルは、ぼくのことを笑って許してくれた。
「ところで、この服はぼくのじゃないよね。誰の?」
「いえ、昨日の買い物でムゲンくんの服を買ってきたんです。サイズは寝ているところを測らせてもらいました」
どうやら、ルシルと同じ家で暮らすと言うことは、ぼくにはプライベートの一切がないという意味らしい。
そういえば朝も勝手に部屋に入ってぼくを起こしていた。
ちなみにぼくは一切の許可をしていない。
「ムゲン君の手持ちの服は、全て洗濯しておきましたよ。まあ二着しかありませんでしたが」
まあな。入学式の時に着ていたスーツと、さっきまで着ていたパジャマが一着だけだ。
「どうも。ぼくはリビングでテレビでも見てるよ」
「はい、わかりました。でも騒がしくしてしまったらすみません」
ルシルは丁寧に頭を下げると掃除に戻った。
チャンネルを適当に回すが、面白そうな番組はやっていないので、とりあえずニュースにしてぼんやりと眺めていることにした。
色々な事件の画像が映るのでそこそこ退屈しない。
ああ、今日も世の中では色々な事件が起きているんだな、と考えながら数時間もぼーっとしていた。
その間、ちょこちょこと視界に移るルシルを観察していたのだが……。
笑顔で料理を作るルシル。
笑顔で掃除をするルシル。
笑顔で洗濯物を畳むルシル。
笑顔で裁縫をするルシル。
おかしい、どう考えてもおかしい。
一度気づいてしまうと、違和感が膨れ上がる。
まさかとは思うが、これは今までの築いてきた関係が壊れるほどの違和感だ。
いや、まだ数日の関係だが。
これは重大なルール違反なのかもしれない。
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