ルーシー先生の本名
ぼくは露骨に、嫌な顔をする。
「な、なんですかその顔は!」
「ルーシー先生が、ぼくの部屋に通ってくれればいいよね? 誰かと一緒に住むのって、嫌なんだけど」
「あのう、一応は私が師匠なので。普通ならお世話をしてもらうのは、私の方なんですけど?」
「だから?」
「……えっと、この学院の寮は、基本的に相部屋なんで必ず誰かと同じ部屋になります。だから私で我慢してくれませんか?」
「ロンドンから、毎日学院に通えないかな?」
「それは困ります。ムゲンくんの場合、いつ飽きちゃってどこかに行ってしまうかわかりませんから」
「むう」
正しい判断だ。初めて会ってから数時間だが、ぼくの基本的な性格は、把握されてきているのかもしれない。
ルーシー先生の、高い知能を感じる。
……いや、割と誰にでも把握される気がするな。何回か同じ経験をしたことがある。
「それに、毎日二時間もかけて学院に通えますか?」
「嫌だ」
面倒にも程がある。
「そうでしょう? 早起きは苦手そうですものね。でも私は得意なんですよ」
そんなことは、全然聞いてないのだが。
「じゃあ、ロンドンの部屋はどうする?」
「残しておけばいいんじゃないですか? ムゲンくんがお金を出すわけじゃないのでしょう? ああそれと、ムゲンくんはこの学院に通う気がなかったんですよね? 寮の部屋は確保してますか?」
「ああ、普通にどこかの部屋をもらうことになってたよ。建前上」
「なら、師匠と同室になるので不要だと報告しておきますね。この学院では珍しいことではありません。誰かの弟子になると、同室になれる権利が保障されているんですよ」
迷惑な話だ。特別扱いなら個室をくれればいいのに。
「あの、そんなに嫌ですか?」
「凄く嫌だ」
「……そんなにはっきり言わないで下さい。傷付きました」
そんなことを言われても困る。
気を遣って平気だなんて答えたら、ぼくが苦労することになるじゃないか。
「それと、この学院では魔法通貨が必要です。ご両親に送ってもらってください」
気を取り直したルーシー先生が、話を変えてしまう。
「魔法通貨? それは魔法社会でだけ流通するお金か?」
「いえ、魔法社会で使うお金は基本的に普通のお金ですよ。魔法通貨は魔法学院の全てで使われるお金のことです。魔法学院は基本的に全寮制ですからね。その中専用のお金と言うことです」
「あー、でもそれ、無理。両親はぼくが普通の町で遊んで暮らすことは許しても、魔法学院に通うことは許さないと思うよ」
学院長の話を聞いた以上、それは、断言できる。
ぼくのことがまったく必要ないのに、家の恥だと言って、他の家に養子に出すことすら許さない人たちなのだから。
一般人として、遊び呆けるのは許しても、魔法学院に真面目に通うことを許すわけがない。
両親は、ぼくの性格を読み切って、真面目にこの学院に通うわけがないと判断したからこそ、利用することを決めたのだろうから。
「そうでしたね、そうかもしれません。……どうしましょうか? 私がお小遣いを上げてもいいんですけど。どうせ、不必要な程の額を所持しているので」
「教師ってそんなに優遇されているのか?」
この人は新米のくせに。
「そんなわけないじゃないですか。私が学生時代に稼いだお金ですよ。これでも世界最高の魔法使いですからね。沢山の功績を残してきましたから」
「つまり、実家になんとかしてもらわないで、自分の力で魔法通貨を稼ぐ方法があるんだ」
「色々ありますよ。これは、魔法使いの家系ではなく、一般人から魔法使いになった人たちへの救済処置とも言えます」
「へえ」
「かなり前の時期の話ですか、何代も重ねた魔法使いの家系ですら魔法を継承出来ない程に魔法使いの実力不足が目立つようになってきました。この学院に来ても、知識や魔法社会のルールだけ学び卒業していく生徒が多いんです。だから上級魔法を覚えることに賞金がついたんです」
「ふーん、なんでみんな凄い魔法を覚えなくなったの? かっこいいのに」
「一歩間違えたら死んでしまうからです。オリジナル魔法ではなくても、上級魔法を覚えるには莫大な魔力量が必要ですから。実家の魔法さえ覚えれば他の魔法なんて必要ないと考える人たちは多いんです」
カッコ良さよりも命か、つまらない。
「だから上級魔法を覚えるお金の稼ぎ方は、ムゲン君にはもってこいだと思いますよ。ムゲン君ならこの学院で学べる全ての魔法を覚えることが出来るかもしれません」
「じゃあ、その方法でやってみる」
「でも、私の魔法を覚えることを疎かにされても困るんですよね。やっぱり私がお小遣いをあげましょうか?」
「嬉しいけど、断る。物ならともかく、お金だけは自分で稼ぐって決めてるんで」
「妙なこだわりが多いんですねえ、でもいいと思いますよ。そういったものが人間性を育んでくれますから。個性と言ってもいいですけどね」
それは、お互いさまだと思うのだが。
そっちだって、こだわりがたくさんあると思う。
「こんなところですかね、それでは」
ルーシーは咳払いをすると、そう言って右手を差し出してきた。
「ルシル・ホワイミルトです。これからよろしくお願いしますね」
「ルシル?」
「ええ、ルーシーは愛称なんです。事情があって、今は本名になってしまいましたけどね。本当はルシルと言います。出来ればムゲン君はそう呼んでくださいね」
「……ああ、わかったよ。ルシル」
ぼくが握手しようとしないので、ルシルは強引にぼくの右手を掴んだ。
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