我儘を受け入れる

 


 さっきから、とても大きな疑問が頭から離れない。


 黙っていようかとも思ったが、もう我慢できなくなったので、口に出してみることにした。


「ねえ、学園長。あなたは忙しいんじゃないの?」


 基本的に、ぼくには大して関係がないので忘れがちだが、今日はこの学院の入学式である。


 確かに、ぼくがゆっくりと寝ている間に式自体は終わっているようだが、学院長、あるいは教師という立場の人間が暇なわけがないと思う。


 保護者達などの来客の対応、これからの授業のスケジュール。会議など、詳しいことは何も知らないぼくでも予想がつくような予定が入っているのではないか?


「はははは、そういえばルーシー先生を探してくるって口実で、面倒から抜けてきたんだったよ」


 学院長は笑いながらそう言った。


 だが、顔は引きつっている。つまり、大丈夫ではないということだろう。


「私はすぐに戻るよ! 教頭先生を筆頭に怖い先生が多いからね。ああ、ルーシー先生は体調が優れないことにしておくから、無限くんのお世話をしてあげるといい。ずっと横で話を聞いていたけど、まだ色々と話し合わなければならないことがあるみたいだからね」


 学院長は速足で部屋から出て行った。


「忙しない人だな。じゃあ、用事があったら呼び出して。ぼくはロンドンにいるから」


 なんだかんだ言って、ここに来た意味はなかったようだ。


 結局、魔力量を正しく測ることもできず、ワールド・バンドのメンバーに会える代わりに、ルーシー先生の弟子になってしまっただけだ。


 だがその願いが叶うのはいつになるやら。


 今のところ、明確には何も決まっていないのだから。


 ……定期的にルーシー先生を急かすことにしよう。


「ちょ、ちょっと待ってください! それは困ります!」


 部屋から出て行こうとするぼくを、ルーシー先生は慌てて引き留めた。


「困るって、何がだよ?」


「あなたは私の弟子になったんですよ? 当然、これからはこの学院に留まり、授業を受けてもらいます。それと私と同じ部屋に一緒に住んでもらいますよ」


「なんで?」


「だって、あなたは私の唯一の愛弟子ですよ? これからは他の教師、魔法使いたちにその事実を宣伝していかなければなりません!」


「はあ?」


「それに、他の教師の方々の授業を受けて、最低限の知識を学んでもらわなければ、覚えることが出来ない魔法だってたくさんありますよ。魔法の覚え方は千差万別なんですから!」


「それは話が違うんじゃ?」


 魔法を覚えればいいだけだと言ったのに、大分話が違う。


 音魔法とやらが、数分で覚えることが出来たので、ルーシー先生がロンドンまで魔法を教えに来る。


 あるいは週に一回ほどルーシー先生に会いに、学院に来ればいいと思っていたのに。


「確かに、口にはしていませんでしたけど。魔法使いの弟子になるってことは、そういうことじゃないですか?」


 こいつはぼくのことをバカにしているのだろうか?


 魔法社会のことなんて一つも知らないと、何度も言っているのに。


 ルーシー先生の表情を探ると、冷汗を流し、後ろめたそうな感情が伺える。


 なるほど、全部わかっていて強引に押し通そうという考えらしい。


 理屈としては、言いたいことが分からないこともない。


 せっかく、初めての弟子が出来たのだ。有効に活用したいのだろう。


 ……さて、ぼくはどう動くべきか。


 選択肢はいくつかある。


 例えば、弟子になる話を全部なしにして、他の魔法使いと取引してぼくの願いを叶えてもらう道。


 あるいは、深く話し合わなかったことにより、詳しい条件を決めてなかったという隙を突かれたので、こっちも色々な条件をごり押してやる。


 これもいい。学院長になんとかしてもらう。ちなみに、ぼくは人の力を利用することに一切の躊躇いはない。


「……」


「な、なんですか?」


 だが、まあ。


 はっきり言って、ぼくはルーシー先生に同情して弟子になったのだ。


 魔力量の話なんて、半分はこじつけだった。


 夢破れかけ、泣いてしまいそうだったルーシー先生を見ていられなかったこそ、助けてあげたいと思ったのが発端だ。


 偶然とはいえ、その姿を見てしまったから放っておけなかったんだ。


 だから、最初の一回だけは大目に見ることにする。


 すごいムカつくし、不満は大きいが、一度助けると決めたのだ。


 一度だけ、ルーシー先生の理不尽を許す。


 ぼくはため息をついた。


「わかったよ。とりあえず、飽きるまではこの学校に通って真面目に授業を受ける、それでいいね?」


「え? 本当にいいんですか?」


「嫌だけど、とりあえず受け入れるよ。それで、いいんだよね? もう後出しで何かを言ってきても、聞いてあげないからね」


「そ、それと私と同じ部屋に住んでくださいね? そうしないと、条件の一つである、お世話ができませんから」


 どうやら、面倒な日々が始まるようだ。

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