特に意味はないのだがこれが、初めての出会い
「へ?」
思っていたより驚いてもらえなかったことは不満だが、人が駆けつけるほどの叫び声が出なかったのは運がいい。
突然のぼくの声には驚いたみたいだが、まだ具体的な位置はわかっていないようだ。
「こっちですよ」
ぼくはもう一度声をかけ、立ち上がる。
するとようやく、ぼくに気付いたようで近づいてきた。
その眼には不信感が、とても大きく漂っている。
「あ、あなたは誰ですか? まさか私たちの話を聞いていたんですか?」
「ええ、ばっちり聞いてました」
ぼくは堂々と答えた。
隠す気はないし、その必要もない。
始業式の最中だとしても、こんなに広く声が響きやすい中庭で話しているのが悪いのだ。
「と、その前に敬語を使わないでもいいかな? 面倒なんだ」
「……まあいいですけど、というよりもこの学院で喋り方を気にする人は少ないですよ。兎にも角にも、実力主義ですからね。教員や貴族の方々は拘っていますが、優秀な生徒なら問題は有りません」
「そっか、安心したよ」
ぼくが優秀かは知らないが、とりあえず敬語は必要ないらしい。
苦手なわけでも嫌いなわけでもないが、面倒には変わりがない。
「えっと恥ずかしいところをお見せしました。あなたは新入生ですよね? もう私のことを知っているんですか?」
「うん。ここで話を聞いていたから、名前ぐらいは」
べつに元々知っていたとか、ルーシー先生が有名人だから知っていたと言うわけではない。
名前以上のことは、困っていることぐらいしか知らない。
「それなら、私の弟子になるのはやめておいた方がいいですよ。教頭先生も今年の新入生の実力では、私の弟子にはなれないって言ってましたから。……でも、お気持ちはありがとうございます」
ぼくに頭を下げて、この場を離れようとするので無理やり話を続けることにした。
「じゃあ、なんらかの当てがあるのかな? 一流の魔法使いでも、先生の弟子になるのは無理なんだよね。上級生に凄い生徒でもいるのか?」
「ええ。上級生には私の弟子になれそうな、優秀な生徒がいますよ。……でも残念ながら、既に他の方の弟子になってしまっているんです」
それではなんの意味もない。
当てだなんて、とても言えない。
「へえ。じゃあルーシー先生がその人たちの入学当時に、ちゃんと勧誘しておけばよかっただろう?」
「この学校にはたくさんの柵(しがらみ)があります。親戚だったり、派閥だったりなどですね。私はまだこの学校に赴任してから、二年しかたってない新人なんです。何の力もないんですよ、無理矢理行動することは出来ません」
普通の学校でもよく聞く話だ。新人の立場は弱い。
どんな分野の話でも優秀なもの、才能のあるものは注目されて、たくさんの有力者からスカウトされる。
だがスカウトする側にだって優劣があり、たかだか二年目の教師など、その競争に参加することすら不愉快に思われるのだろう。
そこに実力の有無なんて、何の価値もないのだ。
「あなたは世界最高の魔法使いなんだよね? それだけで、無理を通すことが出来るんじゃないのか?」
それでも、魔法使いという意味不明な人種なら全く違う仕組みがあるのかと尋ねてみるが。
「社会や人間関係というものは、そこまで甘くないですよ。それにこの学校の先生たちは、私の目から見ても色々と、優秀で凄い人たちばかりですからね」
そんなものはないようだ。
それにルーシー先生とその他の教師共では、一方的に威張れるほどの実力差はないということか。
ぼくはよく知らないが、この学院には優秀な教師や生徒が集まるのかもしれない。
つまり、名門と呼ばれる学院なのだろう。なにせ世界最高の魔法使いと肩を並べる人間に溢れているのだから。
「それに今の時点で優秀と言うだけで、入学したときにはその生徒たちも、あなたたちと同じぐらいの実力でしたから。やっぱり結果は変わりません」
「へえ」
それはつまり、この学校に入学してからの数年で、大きく伸びた生徒だということだ。
しっかりと努力したのか、優秀な教師が頑張ってくれたのか。
確かなことは、ルーシー先生に育てられなくても優秀になれたと言うことだ。
「幸い、教頭先生は期限を設けませんでした。私は優秀な生徒が入学するのを、気長に待つことにしますよ」
「先生には、そんなに長い時間があるのか?」
そんなものはない。
だからこそ懲りることもなく、たくさんの生徒を壊してきたのだろう。
それでも、彼女はとてもじゃないけど、生徒を自分の為の道具のように使える人間には見えない。
直接見ると、一目見てわかる程に、優しい顔をしているのだから。
ただ、どうしようもなく焦っているのだ。
「……」
「どうしても、ぼくじゃダメかな?」
この問題は、心に余裕を持てば簡単に解決するかもしれないものだ。
ぼくに協力すればいい。
この話なら、お互いに得しかないだろう。
少なくても、試してみる価値はあるだろう。
「それなら、参考までにあなたの魔力量を教えてくれませんか?」
「それは、わからない」
わかるわけがない、調べたこともないのだから。
そもそも、そんなものがぼくにあるのかもわからない。
「え?」
「ぼくは自分の魔力量を知らない。ぼくは魔法使いとしての自分のことを、ほとんど知らないんだ」
というか、ぼくは魔法使いなのだろうか?
この学院に入学できた時点で、魔法使いの仲間入りをしているとは思うのだか。
「ど、どういうことですか?」
「ぼくは昨日、自分の家が魔法使いの家系だということ。日本で一番の魔力量を持っているって、両親から聞かされたんだよ」
「なんですかそれ、有り得ないでしょう!」
それが有り得たのだ。
普通はないとも思うが。
「さあ、よくわからない。でも一応そう聞かされたんだよ。国で一番の魔力量なら、先生の弟子になれるんだよね?」
「……いえ、無理ですよ。魔力量とは日々の修行、で少しずつ増やすものです。何も知らないということは、生まれつきの魔力量しか持っていないということですから。あなたがどれだけの才能を持っていたとしても、今の時点ではとても無理でしょう」
ルーシー先生に、はっきりと断言されてしまった。
まあ、仕方がないか。
あの両親の言葉だし、全てが大嘘の可能性だって十分過ぎる程にある。
所詮はお互いに利用しているだけだろうし。
「そうか、なら先生の弟子になることはやめとくよ。でもそれとは別にぼくは自分の魔力量を知りたいんだ」
「……わかりました。貴方の気持ちに免じて、それぐらいのお手伝いはします」
まあそれでいいだろう。ただの気まぐれだったし、こだわる気もない。
「今から調べてくれないかな?」
「い、今からですか? 入学式はどうするんです? まだ終わってないはずですから、今からでも参加しては……」
「式に途中から参加したら目立つだろう? どうせルーシー先生も暇なんだから、頼むよ」
「……私は暇じゃないんですが」
またまた、冗談を。
この人が、たとえ忙しくても、理由があれば暇だと言うことに出来る人種だと既に分かっている。
「今、この場にいることが先生が暇だということの証拠だよ。さあ、とっとと調べてくれ。どうすればいいの?」
「別にそこまで急ぐ必要はないですよ? 一週間もしないうちに、新入生の基本能力を測るテストがありますから」
「いや、ぼくは今日しか学校に来ないから、急ぎたいんだ」
もし弟子になっていたら、多少話は変わっていたかもしれないが。
「え?」
「ぼくは、両親に入学式と卒業式だけ参加すればいいと、言われているんだ」
「なるほど、そういうことですか。この学校では珍しいことではありませんね、毎年何百人もの生徒があなたと同じ道を辿りますから。……わかりました。ついてきてください」
ぼくの言葉で察することが出来る程、沢山の生徒はこの学院で何かを学ぼうとは思わないようだ。
諦めたように、ルーシー先生はどこかに向かって歩き出し、ぼくはそれについていく。
正直に言って、一番ぼくにとって都合がいい展開だ。
「ふっ」
ぼくは先生の弟子になることで、今日のうちに自分の魔力量を知ることができると思ったが、何の条件もなく調べてもらえるみたいだ。
魔法使いの弟子になってみると言うのも、一つの楽しみがあると思ったがそれは無理らしい。
でも、そのほうが楽だし自由なので得をしたと前向きにとらえよう。
「うん、そうだな」
それに世界最高の魔法使いの性格や、目的についてもある程度理解できた。
能力はともかく、その内面はほぼ一般人であるぼくにすら理解出来るほどに、単純に感じる。
大して面白くはないようだから、ぼくが拘る必要もないし、魔法にもそこまでは興味はないので、今のところは色々と見せてもらおうとも思わない。
簡単に魔力量だけ調べてもらって、この学校での生活は終わりになりそうだな。
「さっきから、何か尋ねたいことでも? そういえばまだ、あなたの名前を聞いていませんでしたね? 動揺していたとはいえ、礼儀知らずで申し訳ないです。聞かせてくれませんか?」
おっと、小さな呟きが聞こえてしまっていたらしい。
もう少し、小さくしなければ。
「神崎無限だ」
よろしく、とは言わなかった。これっきりの仲だし。
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