ぼくの学院入学は認められた
「入学受付はここだ、列に並ぶように」
教員らしき人間の声が、列の先頭の辺りから聞こえた。
あそこで何らかのチェックをするようで、ぼくと宗次は同じ列に並ぶ。
列の消費が早く、数分でぼくの順番が回ってきたようだ。
「入学証明書と学生証だ。この先にある掲示板にクラスが表示されているから確認し、体育館に向かうように。もうすぐ入学式が始まるぞ」
身分を証明しろというので、とりあえずパスポートを提示すると、あっさりとぼくのことを特定されたようだった。
よかった。基本的に誰からも詳しいことを教えられていないので、パスポートが駄目なら追い返されていたかもしれない。
流石に、一般世界に生きてきたぼくには、魔法社会の常識なんてないのだ。
この学園に入学したという証明の紙切れと、ぼくの写真が入った学生証をもらう。
そのあと特に宗次を待つこともなく、掲示板に向かうが、一つ気になることが出来てしまった。
「おい、待てよ! 先に行くなよ」
ぼくは追いついてきた宗次に、その疑問をぶつけてみることにした。
「なあ、ここはイギリスなのになんで全てが日本語なんだ? 入学証明書も学生証も、校舎にある学校名も教員の身分証もこの掲示板も。なにより周りにいる外国人が全員日本語を喋っている」
最初はマンガみたいに言葉や文字なんかが、自分の国の言葉に見えたり聞こえたりするような、魔法でもかかっているのかと思ったけど。
どうやらそんなことはないらしい。
試しに自分で呟いてみても、英語は英語に、日本語は日本語で聞こえる。
嬉しい翻訳機能はないみたいだ。
ズルは許さず、外国人だとしてもしっかりと語学を学ばなければならないらしい。
「この学校の創設者が日本人だったんだ。その人がこの学校の全ての共有語は、日本語だって決めたらしいぞ。出来ない奴は入学も許されない」
「それならなんで、イギリスに学校を作ったんだよ」
「そこまでは知らない。他の誰かに聞いてくれ」
日本人が日本語の学校を作るなら、日本に作れ。
何故こんなにも遠いウェールズまで来なければならないのか。
この学園を作ったやつにもし会えるのなら、文句を言ってやりたいところだ。
「まあ魔法使いってのは、よくわからないやつが多いのさ。この学校は千年の歴史があるからな。あれだよ、もしかしたら藤原とか平家とか源氏とかの誰かが作ったのかもな。歴史ってのは裏が多いもんだぜ。日本の大きな事件には魔法使いが関わっていた、とか言われてもおれは驚かねえな」
まあそれは日本に限らず、世界中でうなずける理屈だろう。
「なら、漫画や小説に出てくる魔法使いなんかは、本当に実在してたりするのかな?」
「夢がある話だけど、……あるかもな。魔法使いなんて世の中にゴロゴロいるんだ。どこかでばったり出会った魔法使いを、自分の作品のキャラクターにしたとか?」
「確かに、夢があるね」
ならぼくも今までの人生で、魔法使いとすれ違ったりしたことがあるのだろうか?
……あるに決まっているな。
家族は当然だし。親戚や家に来ていた客なんかも、おそらくは魔法使いだったんだろう。
ただ、ぼくだけが気付いていなかっただけなのだ。
「……」
ぼくらは適当に納得しながら、掲示板に目を向ける。
「おれは2組だな。この学校は完全に実力でクラス分けが決まるらしい、1組が一番優秀で7組が一番ダメってことだ。無限は残念ながら7組みたいだけどしょうがないな、昨日事情を知ったんだから」
というか、ぼくはこの学校に入学するための、なんらかの試験を受けていないのだが。
昨日までは、完璧な普通で穏やかな日常で、何一つ生活に違和感なんてなかったのだ。
事情を秘密にされて試験を受けた…。みたいな話すらない。
どう考えても、両親の裏工作だ。
学校を卒業することにしか価値がないのだから、最低のクラスでいいだろう。その方が目立たないだろうし。
そういう考え方が、透けて見えるようだ。
実利だけを追い求めるつまらない思考だが、確かに一度も学院に通わないのに卒業するには、目立たない方がいい。
もしも誰かに文句でも言われたら、面倒だからな。
「上位クラスに入る必要がないってのは、事実だけど……」
なにもしていないのに、一番下というのはあまりいい気分はしない。
ぼくは小さく、溜め息をついた。
「何か言ったか? 体育館に行こうぜ無限。人の流れにうまく乗れば勝手に着くだろうさ」
「悪いけど用事があるんだ。先に行っててくれ」
「は? 用事って?」
「用事は用事だよ。それと、神崎さんって呼んでくれ」
「それは断る」
ぼくは疑問を持つ宗次を適当にいなして、人の波とは別の方向に歩き出す。
入学式なんて面倒だ。
入学証明書はもらえたのだから、もういいだろう。
今すぐにタクシーを呼んで町に行きたいが、まだまだ入り口は人に溢れている。
この状況でタクシーを呼んだら、とても目立つと思う。
「どこかで時間を潰すか」
ぼくはとりあえず、学校内を適当に散策することにした。
一見しただけでもこの学院は広い。
勿論具体的にはわからないが、山の中なのに、ぼくが通っていた高校よりも遥かに大きいのだろう。
なんとなくだが、魔法を使ったりするには広大な敷地が必要なのかもしれないと思った。
それでも、本来なら美しいはずの自然を、こんなにも大きな学院で潰してしまうことに。
寂しいような、虚しいような。
実際に目のあたりにすると、この地球を食いつぶす日は近いと言う妄言を、本当のことだと信じてしまうようだった。
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