第一章 初めの師匠編

ぼくと神崎の家

 


 スーツ姿で十二時間も飛行機に乗っていると体が痛いし、いい加減飽き飽きだ。


 面倒な色々を終えて預けていた荷物を受け取り、空港から出ると伸びをする。


 気を抜いてぼんやりしていると、とても目立つ場所に、同い年っぽい日本人の少年が視界に入ってしまった。


「おっ、あんたが無限か? 神崎無限?」


「ああ、そうだよ。君は?」


 軽薄そうな、特に見覚えがない男が、ぼくの名を呼んだ。


 その言葉に適当に返事を返す、相手が既に聞かされている人物だと理解した上で。


「おうよ、おれが藤崎家第八代当主予定の藤崎宗次だ。よろしくな、おれのことは宗次って呼んでくれ」


「ああ、ぼくのことは神崎さんと呼んでくれ」


 特に仲良くなる気はないので、名字で呼ばれるぐらいがちょうどいい。


 どうせ、今日だけの付き合いになる。


「うん、ノリが悪い奴だな」


 笑顔を浮かべてぼくに自己紹介する少年。明確に初対面だが、迷惑なことにぼくは彼のことを多少教えられた。


 なんでも神崎家と藤崎家は、かなりの仲良しらしい。


 何百年か前の、三代目だか四代目だかの先祖が親友だった仲らしく、それから代々仲良くやっているらしいのだ。


 もちろんぼくは昨日初めて聞いたが、両親も兄弟たちも藤崎家の人間とは、身内として接していると聞いている。


 ぼくと同時期で魔法学校に通うらしいので、ウェールズで合流し、共に学校に行けと言われてしまった。


 彼の写真は、両親から押し付けられた。


 でも家から出たときに破って捨てたので、もう出会うこともないと思ったのだが、どうやら向こうの方から発見してしまったらしい。


 なにゆえ初対面の人間と、仲良く学校に向かわねばならないのか。


 別に真面目に学校に通うわけではないのに。


「魔法学院への道は知っているか?」


 とりあえず、必要な情報を尋ねてみよう。


「ああ、知ってるぜ。あんたがここに来るまでに調べていたからな」


「そうか、じゃあ連れてってくれ」


 その自信のある言葉に、少しだけ安堵する。


 ちなみに、ぼくは何一つ調べていないので、何の役にも立たない。


 入学式に遅刻しそうになると、学校から何らかの迎えが来ると聞いたので、適当に街で遊んでそれを待とうと思っていたのだ。


 それは別としても、学院のことについて何かを調べる気なんて、一切なかったが……。


「おいおい、その程度のことも調べてないのかよ。神崎家の当主から、ほんの少しだけあんたの話を聞いてるけど、本当にやる気がないんだな?」


 宗次は呆れた顔をしながらも、道を走っているタクシーを止め、中に乗り込む。


 ぼくもあるわけないだろうが、という本音を飲み込みながら、それに続いた。


「このタクシー会社は、魔法学院のことを知っているんだ。乗るだけで目的地に連れて行ってくれる。今日が入学式だって知ってますよね、運転手さん?」


「はい、今日スーツ姿をした未成年は、魔法学院の生徒がほとんどですよ。通常の学校は入学式が数日ずれていますからね」


 ぼくは運転手が物知りなことに感心しながら、宗次と会話を続けた。


「仕方ないだろう。魔法だなんだって、昨日初めて聞いたんだから?」


 興味や関心がなかったことを、単純に時間がなかったので仕方がないということにしておく。


「は? どういうことだよ」


 不思議そうな顔をする宗次に、少しだけ説明をすることにした。


「昨日魔法なんてものが現実にあるってことと、実家がそれの専門家だって話を初めて聞いたんだよ」


 まだ本当に信じたわけではないが。


「マジか? いやおれも神崎家の三男坊が、あんただって昨日初めて聞いたんだけど。何したんだよ? よっぽど悪いことしたのか?」


 ぼくの存在が隠されていたことを、何か問題でも起こして幽閉されていたとでも思っているのだろう。


「魔法を使う才能が全くないからって、外国の親戚に預けられていたんだよ。去年まで」


「は!?」


「それに昨日、日本で通ってた高校を退学させられたことを知って、次の日にはウェールズに送られたんだ。まだ頭が状況に追いついてないんだから、やる気なんて出るわけがないだろう」


 それにどうせ学校に行くのは、今日だけなのだから。


 ぼくが色々な深い事情に、興味を持つのは難しいだろう。


 何を聞かされたところで、今のぼくが何の力もない一般人だと言う事実に変わりはない。


「なんだよそれ! あんたの両親は何考えてるんだよ!」


「ぼくのことを、魔法学校との縁を繋ぐ道具だって思っているんだよ」


 そうとしか考えられないほどに、全てが急激なスピードで動いている。


「それでも、家族なのかよ!」


「違うんじゃないか? お互いに家族だなんて思ってないさ。だって家族だって思えることが、一つもないんだから」


 そうだ。日本に呼び出されてからの一年だって、ろくに顔を合わせることはなかった。


 この大体十五年程度の人生でも、会話をしたのだって数回程度。


「じゃあ、あんたの家族は預けられていた親戚の人たちってことかよ」


「それも微妙だろうな」


 ぼくを預かってくれた人たちは、本当に忙しい人たちだったから、あまり接触はなかった。


 でも仲が悪かったとかじゃない。


 時々休みが取れると、ぼくのことを構ってくれた。


 ただ、接する時間があまりにも短かっただけ。


 ぼくが家族だと思っている人間は、むしろあの人たちの子供たちだろうな。


 まあ普通だったら、だけど。


「だからまあ、別に孤独じゃなかったよ」


「そっか、そんな人たちと引き離されたんだな。その、日本に呼び戻された後も、連絡とかはしてたんだろう?」


「いや、日本に来てからは接触の一切を禁じられたよ。だからもう丸一年音信不通だ」


 あいつらは、今頃なにをしているのか。


 今、初めてそう考えていることに気付いた。


 なるほど、ぼくが薄情なのはあの人たちと同じか。


「……なんで?」


「詳しい理由はわからない。ただもうあいつらには関わる必要がないって、両親に言われたんだよ」


「逆らわなかったのかよ!」


「無理だろ。全部が突然のことだったんだ。あいつらの情報は全部スマホに入力してたから、解約されて、もう何一つわからなくなった」


「クラウドは?」


「だから、ぼくに関わる全ての暗証番号も、パスワードもわからなくなったんだって」


 パソコンや新しいスマホがあっても、無理だった。


「ああ、そういうところ今の時代って不便だよな。妹も同じことやってた」


 現代社会の弊害というしかないだろう。


 金持ちで保護者の立場なら、子供のプライベート情報の封鎖ぐらい、どうにでもできてしまうのである。


 紙などにメモをしても、奪われたか破られただろうし。


「やっと実家から解放されて、連絡をとれる環境にはなったけど、住所も電話番号もさっぱりだ」


 日本の実家なら、何らかの方法で調べることができたかもしれないが、ここはイギリス。


 どうしろと言うのだ。


 宗次と雑談をしている間もしばらくタクシーが走り、明らかな田舎の山道を進んでいることを理解した辺りで、運転手に声をかけられる。


「魔法学校から町に戻る時は、うちのタクシー会社に連絡して迎えに来てもらうしかないですから。是非、電話番号を登録してくださいね」


 ぼくはタクシーに張り付けられている電話番号を、スマホに登録しておく。


 すぐに出番が来ることは、わかりきっているからだ。


「……あ?」 


 そんなことをしていると、不思議な感覚が、ぼくの体全体に伝わった。


 まるでゼリーに体全体で突っ込んで、向こう側に出たような……。


 ぼくの違和感に気づいたようで、宗次が反応をみせた。


「ああ、結界も知らないのか? 今、おれたちは魔法学校の結界を通り抜けたんだよ、もうすぐ着くってことだな。……ですよね?」


 宗次が運転手に尋ねる。


 その態度はタクシーに乗った時よりも、大分気安くなっていた。


「ええ、もう着きました。魔法学校が料金を払ってくださっているので、本日は乗車料が無料です。いってらっしゃいませ、よい生活を」


 ぼくらがタクシーを降りると、目の前にはかなり大きな学院がある。


 これだけの大きさなら、かなり距離があっても遠くから見えると思うが。


 ……なるほど、結界とやらが隠していたのかもしれない。


 学校を囲うように柵があり、正面にある入り口付近に三つの列がある。


 目立つ場所にある大きな看板には、ウェールズ高等魔法学院と書かれていた。

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