THE・GIANT~復活の巨神~ 

低迷アクション

第1話

THE・GIANT~復活の巨神~


口を開けば、何人もの人を吞み込むであろう大口に“巨神”は両手を差し込み、

一気に押し開く。大量の血飛沫を空にぶち上げ、褐色の鱗を見の纏った相手は力尽き、

その巨体を海に沈めた。


「おいおい!おおっ~い!?やるじゃない~?てか、お前、その“怪獣”火口から蘇らせてさ!お前んとこ、けしかけたのに、倒しちゃうとか、そりゃないじゃな~い?」


巨神の戦いを岸壁から見つめた“人間サイズ”の“怪人”が纏ったボロボロの布切れから

垢で汚れた両手を大袈裟に突き出し、叫んでいる。数多くの罪なき人を惑わし、殺めた自身の敵ともいうべき人物…


見た目は普通の人と変わらない。だが、コイツは人じゃない。赤く光った2つ目は

人外の証、人を外れた者、いや、コイツの場合、最初からヒトではなかったか…


「つかさ、ここの奴等に聞いたけど、何?おたく、人間守るの辞めちゃうらしいじゃん。

いいの?存在理由的にも自分、消えちまうぜ?」


肯定の意を示すように、巨神は男の何十倍もの大きさの頭を、縦にゆっくり動かす。


それはよくわかっている。出来れば、最後にこの怪人を葬ってから役目を終えたい所だが、男の姿は人間を保っている。今、彼をやれば、自分を信じてくれた本当の人間達に示しが

つかない。コイツはそれを知った上で、姿を現し、自分を嘲っているのだろう。


だが、それでもいい。巨神は、この星に生まれた人間という異種族を好いていた。今回は

少し手を貸したが、もう、その必要はない。恐らく彼等は、これから何度も過ちを繰り返し、苦しみや絶望に立ち止まり、考え、乗り越え、最後は解決し、生きていく。自分達と同じだ。その成長を絶やしてはいけない。巨神が戦った理由だ。目の前の怪人とて、人間達の発展に対し、警鐘を鳴らす、意味のある存在になるかもしれない。いや…きっとなるのだ。


巨神の反応に男は一瞬、本当に悲しいと言った様子で、目元に走る2本の切り傷ごと、頬を歪ませた。だが、こちらが訝しむ前に、その顔はすぐに邪悪で嫌らしさを張り付かせた

笑顔に戻る。


「ほうけ(そうか)…クソッ、せっかくおもし………いや…まっ、ええや。恐らくもう会う事はないだろうから、言っておく。あばよ!」


そう言って、少し怒ったように踵を返す男の背中を、巨神は静かに見つめ“空からの通知”を待つ。やがて陽が沈み、夜になり、雲の間からうっすらと月が覗く。


全身を照らす月明りは彼の戦いを讃える者ではない。監視者としての誓いを破った彼への

裁きを下すモノだ。


「後悔はないですね…」


囁くように流れる月明りの声に頷く。全身から力が消え、体が消えていくのがわかった。

目を閉じ、消滅の時を待つ。


「〇△0?*:$!!」


岸壁から上がった小さな声に閉じかけた目を開ける。先程の怪人ではない。人間の少女だ。

確か、一番最初の巨大な災厄が訪れた際に、自身が守った者だ。巨神が人々を守る度に、

姿を見せ、笑顔を見せてくれた。そんな彼女が、こちらに向かって何かを言っている。

よく見れば、少女の頬から何かが流れていた。


涙?何故泣く?もう平和は訪れた。お前達を覆う巨大な影が射す事はない。どんなモノにも怯えない、新しい朝が来るのだ。


仕舞いには地面に手をつき、泣きだす少女を巨神はただ驚き、見つめる。理解不能、いや、

わかる。わかりかけている。自分の中の何処かが痛い。これは…そこで気づいた。

人間達との別れを惜しむ、悲しむ自分がいる事に…


巨神は自身の全身を自らの意思で制御できなくなっている事に気づく。自分の選んだ道を

やり遂げ、満足した筈だったのに、何と言う事だ。しかし、どうにもできない。嫌だ。

嫌だ…


「どうやら、残るモノがあるようですね…いいでしょう」


月の囁きと同時に、悔いを叫ぶ巨神の全身が消滅する。次に意識が戻った時、彼は涙で濡れた少女の隣に立っていた。ニ・ン・ゲ・ンの姿をして…



以前の巨神の力はない。只の人間だ。どうやら、新しい形での監視者、いや“見守る者”

としての役目を与えてもらったらしい。ビックリしたような顔で、こちらを見詰める少女…だが、目の前に立つ自分に巨神の頃と同じ何かを見つけてくれたようだ。


「@pッ!?@pッ!!!=|¥!!=|¥!!」


笑顔と涙でクシャクシャになった顔を元巨神の腕に擦りつけてくる。

彼も静かに微笑み、彼女の頭をゆっくり撫で、歩き出す。月明りは消え、祝福の朝日がゆっくりと二人の歩く道を照らしていく‥‥


そして数千年の時が流れた…



 「そう言う話なら、乗れん。てか、そのために俺を呼んだのか?“軍曹(ぐんそう)”

正直、ガッカリだぞ?」


陸上自衛隊特曹(特別階級陸曹の意)怒伊(どい)は不快そうに顔をしかめ、目元の切り傷2つが嫌でも目立つ男、軍曹に吐き捨てる。


「そんな事言うなよ~?特曹殿~!あれだろ?おたく等、最近流行りの魔法少女とか、

変身ヒーローに平和守るための仕事、全部とられて、あれだろ?暇だし、

余ってんだろ?5・56ミリ弾とか、ⅯAT対戦ミサイルとか高性能爆薬とかさぁ、それをちょこっと分けてほしいんよー!ほんのちょこっとだけさぁっ。」


「断る!その平和を損なう事をするのが、お前等の目的だろ?何だっけ?同人部隊?要は

ビックサイトとかで売られるエロ同人みたいな事考えてる集団だろ?そんな奴等に

手を貸す義理はない。」


「いや、ちょっと待って怒伊ちゃん、そんな“日曜朝方にやってそうな変身ヒロインちゃん達が本当に現れたから、スカートん中触手塗れにしてやろうぜ!カッコテヘッ♪”みたいなのはこの軍曹だけだからね。俺達は同じ志と目的を持った崇高な戦士の集まりだから!

なあっ“オーザ”?」


「そうそう!“オーノ”の言う通り~♪」


「オイッ、お前等酷くない?違うからね、怒伊ちゃん!元戦友の言葉をきちんと信じてね!」


軍曹と並ぶ席側に座る二人の男の会話と、彼の嫌らしい媚び笑いに、怒伊は更に渋面を強くする。目の前の有象無象達の言う通り、確かに世界は変わった。あり得ない出来事が当たり前、夢、幻の世界が現実化している。しかし、それでもなお、守らなければいけない世界があるというモノだ。腕につけた時計型電子端末を見る。自分達のいる喫茶店は謀ったように人気が無い。勘の鈍い彼等も気づく頃だ。そろそろか…


不意に軍曹が耳につけた端末が鳴る。


「もしもし“三田村(みたむら)”か!どうした?何いっ、オイ、怒伊ちゃん…まさかっ!」


「ちょっとだけだ。軍曹、少し辛抱すれば、すぐに出てこれる。」


怒伊の言葉が終わるのを待っていたのかのように、店内に続くあらゆるドアというドアが開き、突撃銃や短機関銃で武装した学生服の少女達が突入してくる。


非現実的要素を持った者達が通りを闊歩する昨今、それに伴った凶悪犯罪、軍曹達も

含まれる強力な武器や能力を持った異能的、反社会的存在に対抗するために組織された


“アーモリー・チルドレン“そのシステムの傘下に所属する少女部隊だ。


“乙女の柔肌を守るのではなく、彼女達に世界が守られていく時代”

と威勢よく掲げらたキャッチコピーの元で投入された今システムは


簡単なデバイスを腕に装着する事により、身体的能力を向上させ、か弱い一般の少女達でも簡単に重火器を使用する事が出来ると言う代物であり、瞬く間に効果を発揮し始めている。


およそ銃器を振り回した事がないだろうといった若い女子学生達が(男子学生は?との声に誰も突っ込まないのが、今の世の風潮かもしれない。)海兵隊顔負けの戦果をあげていく。


魔法少女や能力者達に加え、すぐの対応ができない警察、軍の代わりとしての即興即戦的

意味合いを強く持ち、新たな世界を守る戦力としての期待が集まっている。


勿論、軍曹達のような暗い路地を歩く、世のはみ出し者にとっては無視できない存在だ。


「過激武装集団“同人部隊”の軍曹!とうとう見つけたよ。おとなしくしてね!周りは

囲まれてる!だから、抵抗は無駄!」


ARカービン銃を構えた少女部隊のリーダー、豊和さなえ(ほうわさなえ)が、特徴的な

おさげ髪をブンブン振り回し、テーブルに片足を乗せ、銃口を突き付けた。


店内の中で、一番デカい、オーノが身を起こしかけるが、軍曹の目を見て、そのまま座る。隣のオーザはやれやれと言った様子で首を竦めた。それを合図に立ち上がる3人を少女達が連行していく。最後に店内を出るさなえが、怒伊に向かって静かに頷く。先程、軍曹の会話にあった三田村も今頃、拘束されているだろう。


(大丈夫だ…軍曹、少しの我慢だ…)


「やっと捕まえたね。この後、どうする?さなちゃん?」


「うん!とりあえず本部に連行してね。私は時間休取るから。尋問は後でする。それじゃ、ここで一旦、抜けるね。」


「わかった!‥‥‥‥‥‥ねぇ、ねぇ皆、さなちゃん時間休とって、帰ったから!

それまで、好きな事できるよ~」


「やった~、断手!断手!!」


「えっ、お嬢ちゃん達、断手って何?手ぇ切るって事?ちょっと待って、ハーグ陸戦条約は?いや、ジュネーヴ何とかは?」


「テロリストに該当する法律なっし~♪断足、断足!~♪」


「わあああっ、聞いていない~オマケに?足も追加!?うわぁあああ、嫌だ!嫌だん!

おいっ!怒伊―っ!怒伊―っ!おお~いっ!」


(大丈夫だ!…きっと大丈夫だ!!…)


かつての戦友の悲鳴を遮るように立ち上がり、怒伊は店を後にする。彼には

まだ寄る所があった…



 暗い室内に光が灯り、巨大な室内の全景が明らかになっていく。各端末の起動音が

静寂を騒音に変えていく。地方都市にある湖の中に作れられた研究施設は一般の人間が

入る事は出来ない。湖周辺に設けた間欠泉センターの秘密の入口から、ここに来る事が出来るのだ。室内全体が明るくなるにつれ、そこに佇む巨大な影の全容が明らかになってくる。


100メートル近い体躯は銀色に輝く装甲板に覆われ、尖った爪と短い尻尾のような部位、

爬虫類を連装させる顔の造形は鋼鉄の竜と言った所だ。


「試作素体“GⅩ”感度良好!運用に問題なし。いつでも動かせます。」


その姿をガラス越しのモニタールームから見つめ、部下の報告を聞く、今施設責任者“室長”は満足げな笑みを浮かべる。全て問題なし。後は数分後に訪れるであろう“査察者”の

自衛官に計画とGⅩを見せ、最終的なGOサインを得る。これが終われば、

自分達の研究が報われる。これからの世界で覇権を得る存在になれるのだ。


将来の展望を恍惚として、酔いしれる彼の耳に静かな電子音が響く。通信ボタンを押すと、

酷く言葉遣いは丁寧だが、酷く耳障りな声が室内を一気に満たす。


「もしもし、聞こえてますか?誰だ?とか、どうやって、この回線に?という事はいいです!ただ一つだけご忠告を!“制御できない玩具を、鉄の板で抑えつけたって意味はなし!”

おわかりですか?貴方達、騙されてますよ?管理してるのは貴方達ではなく、奴等の方

ですからね。その辺はお間違いないく!以上!」


こちらの返事を挟む間もなく、通信は一方的に切られた。これは何だ?心当たりが無い訳ではないが…一抹の不安がよぎるが、これからの栄光を考えれば、些細な事、大方、何処かの

異能者か、天才ハッカーが悪戯をして、極度に守られた回線を突破しただけの話だ。


今の世の中なら、多いに在り得る。きっとそうに違いない。


「室長、お客様です。」


「わかった、すぐに向かう。」


部下の声に思考を止めた彼は、服装を正し、出迎えに上がる。間欠泉センターを抜け、

目の前で敬礼する屈強な怒伊という自衛官と面会する頃には、一瞬覚えた杞憂はとうに

消えていた…



 「ただいまーっ!」


市内商店街にある大衆食堂は、さなえの実家だ。銃器は製図ケースに仕舞い、背中に担いでいる。自分を1人で育ててくれた母親には内緒の話なのだ。ただ、食堂に務める店員兼、

“居候”の1人には自分のしている事がバレている。


「おかえり、さなっ、今日は部活が早かったのね。」


「ウン、でも…友達と約束があって、すぐに出なきゃいけない…けど、お腹空いたな?

何か作ってよ。お母さん!」


「はい、はい。」


優しい笑みを浮かべ、割烹着姿の母は頷くと、厨房に消える。時間は夕方、ひとまず客足が落ち着くが、30分もすれば、店はお客で溢れかえる。母を疲れさせたくはないが、まだまだ甘えたい年頃でもある。それに、店には頼もしい店員もいるのだ。


テーブル席に腰を下すと、いつの間にか隣に現れた件の居候兼店員“仁(じん)”が立つ。

年齢は恐らく20代後半、無口で、あまり表情に変化がない顔は無骨な印象を与えるが、

二つの目はいつも穏やかで、付き合いが長くなればなるほど、良い人柄だという事に気付ける。さなえが幼稚園だった頃に、母に連れられてきた。駅で所在なさげに立っているところを母が声をかけたそうだ。


最初は新しい父親かと、期待半分、少しの嫉妬もあったが、再婚とか、

そういった雰囲気にはならず、今でもさなえの家にいる。彼女にとっては、父親と言うより、

おじさんとか、お兄さんという感じだ。


今だって、さりげなく置かれたコップには、さなえの大好物のオレンジジュース。万事、

心得ている。早速一口目を口に含むと、ちょっと眉を吊り上げるように顔を工夫して、仁を

振り仰ぐ。


「ありがとう、仁さん!でも、あれだよ!年頃の女の子の傍に黙って立つのは、反則だよ?

いくら、火薬の匂いがしてるかを確認するためでもね。大丈夫!今日は一発も撃ってないから!」


「・・・・」


「何?その“女の子…?”って顔!目の前の美少女!!びっ小女!!あ~っ、もう、

何、その顔!腹立つなぁっ!!もうーっ!」


不思議そうな顔をする仁に怒って見せるが、無駄な事だ。こちらが怒っている事など

お構いなしに…しばらくするとゆっくり彼女の頭を優しく撫でてくる。最も、若干、

それを待っている自分もいるのだ。全く、幼い頃からの刷り込みというのは、恐ろしい。


「ほらほら、さな、怒らないの。ご飯出来てるよ。仁さん、“それ”が済んだら、厨房

入ってね~」


母親が湯気立つ食器を持ってきた所で、仁の“頭、撫で撫で”は終わる。さなえは思歯がゆい感じを覚えつつも、良い匂いに、すぐ元気を取り戻し、料理に箸をつけた…



 「軍曹、そろそろ、本当の理由を話してくれてもいいんじゃないの?」


少女部隊本部は警察署の近くにあった。

尋問も、収監房も全て兼用と来ている。その檻の中に仲良く収まる同人部隊の3人がいた。


「本当の理由?よくわからんな、オーザ。」


「始まったよ。隠さなくたってわかるぜ?大将、何でわざわざ敵地のある町の、それも

本部まで連行されてさ。大人しく檻に繫がれてんの?何か目的があって、

ここに来たんだろ?そうじゃなきゃ、とっくに逃げだしてる。俺もオーノもさ!なぁ、そうだろ?オーノ?」


「ああ、そうだな。」


頷くオーノを見つめ、軍曹の肩が驚愕!?と言った感じで動く。オーザは非常に嫌な予感を感じつつも、軍曹に向け、オーノと一緒に、視線を集中させる。やがて…


「えっ…ごめん。普通にあれだわ。弾薬たんまり頂こうと思ったら、怒伊の野郎に、

この場所指定されてさ。そんで…」


「捕まったと?…マジかよ…たまんないね~…」


との震え声の説明に両手をおどけたようにヒラヒラさせ、落胆した素振りを見せてやった。それに合わせるように眩しいくらいの真っ白制服に、整えられたスカート姿の少女数人が色々な“責め具”を用意して現れる。


「さなちゃん戻ってくると、色々面倒だから、早めに済まそう!とりあえず誰から

逝く?」


先頭に立つ少女のニコニコ&涼やかな口調に、迷うことなく、二人は軍曹を指さす。懇願の

表情の彼にお構いなく、檻の外に突き出してやった。


「ようし、じゃぁっ、楽しもー♪」


「うっ、わわわわわ!あああ~っ、た~すけて~」


不気味にはしゃぐ少女達を見送り、頭を組んだオーザは冷たい床に寝転がる。


「どうする?オーザ?いつでも出れるぞ?」


近くに座ったオーノがゆっくり頭を動かすが、片手を上げ、それを制す。


「いや、まだだ。あのお惚けを助けなきゃいけねぇし、三田村からも連絡がない。

それにこんな状況は初めてじゃないだろ?俺達の時だって、こんな感じだった。」


「わかった…」


感慨深げに黙るオーノを見つめ、オーザも天井を見つめる。元々、異能者を作る実験体として、死にかけた身体を無理やり蘇えらせられた。頭をいじられる前に脱出し、生き残ったのは自分とオーノ、途方にくれた訳ではないが、これから何処に行くかを思案中の時に

色々な縁もあり、最後は軍曹と合流した。


その時から、何も状況は変わってはいない。恐らく、まだ何かがあるのだろう。


(とりあえず今は待ちだな…)


やがて来るであろう出番に備え、オーノは、ゆっくりと浅い眠りに落ちていった…



 「凄い!正に巨大ロボットと言う所ですな。」


施設内の説明を受け、最後にGⅩの姿を見た、怒伊は感嘆の声を漏らす。


「そうでしょう。特曹!昨今、世界各地で起こりつつある異変…勿論、縦横無尽に

空を飛ぶ魔法少女や、強靭的なヒーロー達の事ですがね。それに対抗するための政府、

国を守る側の最終手段としてのGⅩです。これがあれば、敵なしです。


この施設を監視、いえ、万が一のために、用意された少女部隊なぞに頼らなくても、

充分たる戦力、柔肌に守られるのでなく、守ってやらねば!です。このGⅩなら、

それが出来ます。」


興奮し、捲し立てる室長に怒伊は一つ一つ、頷いていく。確かにこれほどのモノが

防衛戦力となれば、安心だ。後は気になる箇所を1つずつ確認し、解消していけばいい。


「お話しはよくわかりました。室長、ですが、一つ聞きたい。私は科学と言った専門知識に

欠けているので、疑問なのですが、これほどの巨大なモノが重力に縛られる事なく、

自由に歩いたり、戦ったりできますか?いや、勿論…昨今のあらゆる非現実共が暴れる世界においてはですね。こんな疑問は甚だ可笑しいかと存じますが。」


「いえいえ、それは誰もが当然に思う考えです。決して可笑しくなどありません。

それでは実際に動かしてみせましょう。」


「えっ、ここでですか?」


「勿論、そのための視察でしょう?オイッ、起動準備入れ!」


室長の声に施設内の設備が忙しく動き、振動していく。騒音に近い音を上げる中、

怒伊の耳元に室長の怒鳴り声が被さってくる。


「確かに貴方の言う通り、我々の技術だけでは、アレほどの巨体を動かす事は不可能です。」



振動はやがて安定した駆動音に変わり、GⅩの銀色の巨体から光があふれ出していく。


「そんな結論に行き詰った我々でしたが、一つの光明がさします。2年前に近海で見つかった巨大生物の残骸、それが解決策でした。」


「巨大生物の残骸?初耳です。」


「全ては極秘事項でした。それに残骸とは言え、生命反応がある事に加え、

驚くべきは、調査の結果、数千年前から、そいつは生きていた事になるという事実です。

年代測定によれば、恐竜時代より、少し後の、最初の人類達が現れ、しばらくした頃の事です。GⅩの素体となるコレは、今と変わらない地球の重力下をモノともせず、歩いていた。」


「つまり、コイツは…?」


怒伊の少し怒り(?)を孕んだ声に疑問を覚えつつも、手で遮る。まもなく完全起動となる。

これは室長にとっても初めての事であったからだ。


「ええっ、我々が調えた最新技術の装甲を纏い、驚異的な生命力を持った生命体と

言う事です。発見当初は、口が大きく裂け、脳の損壊も激しかったですが、我々の調整で

手懐けられます。だから…」

 

「安心など出来るモノか、この馬鹿者が!今すぐ起動を止めろ。」


言うが早く、怒伊のホルスターから抜かれた9ミリ拳銃が室長の頭に向けられる。彼としては何故、こんな事態になったのか、全く理解できない。


「と、特曹…?」


「何故、こんなマネをか?なら、教えてやる。俺が特曹と呼ばれているのは、お前が言う

世界で起こるあらゆる異変の中に突撃し、戦ってきたからだよ。その経験から言える事はただ一つ。人間の力など、連中の前では無力と言う事だ。調査測定が古代人達のいた時代?


そしたら、コイツの主食には、タンパク質たっぷりの人間も含まれていたという事だろう?

おたく等が調整なんて抜かすのは、そのためだ。なら、コイツが暴走したらどうなる?

数千年前の地獄絵図を再燃するか?馬鹿も休み休み言え!とにかく今すぐこの馬鹿げた

起動実験を止めろ!」


怒伊の声に室長は一瞬怯むが、彼が思い描く栄光が頭を浮かんだ瞬間、それは強い拒否に変わった。問題なのはきちんと動くかだ。それでもこの特曹がゴタゴタ抜かすなら、彼を始末してしまえばいい。室長は怒伊に了解の意を相手に示しながら、そのまま続行を促す。最早、起動に数秒もかからない。やがて、巨大なGⅩの身体は振動を止め、目に赤い光が灯る。

そこで疑問が浮かぶ。


(赤?可笑しい…我々の行った設定では黄色の筈だ…)


疑問に思う室長の顔は次の瞬間、大口を開け、咆哮を上げるGⅩに驚愕で見開かれる。

馬鹿な…そんな命令を出してはいない。だが、復活を喜ぶようにゆっくり体を動かす

機獣が巨大な一歩を踏みしめようと足を前に出す。


その影が自身の全身を覆った時、室長の耳には隣で“馬鹿が、だから言ったんだ”と叫び、

踵を返す怒伊の声ではなく、突然の連絡で告げられた謎の男の“管理してるのは貴方達ではなく、奴等の方です”という言葉だった…



 (この感覚は湖の方か?…)


食器を片付ける仁の手が止まる。監視者としての能力は、既に無いが、それでも、感じる事は出来た。今、湖のある方角の何処かで何かとても悪いモノが目覚めたようだ。


彼の感覚に平行して、慌ただしく住居用になっている店の二階から駆け下りてくる

さなえの様子も気になった。厨房にいる彼女の母に視線を送る。このやり取りも随分と

慣れてきた感がある。娘のささいな危機を何度も救ってきた仁の感覚を彼女は信頼してくれている。だから、今も…


「お母さーん、ちょっと、部活の子達からLINE入ったから、行ってくるねー!」


と早口でまくし立てるさなえに、


「なら、仁さんも一緒に行ってもらって。他の子達の夜食もあるから。さな、製図ケース

背負って持ちづらいでしょ?」


と上手に同行するキッカケを作ってくれている。更に、それを受けるさなえも、


「ええーっ、うぅ~ん?でも、まっ!いっか!!仁さん行くよ!」


と頷いてくれている。外に出て、店の自転車に乗ると、ちゃっかり荷台に座る定位置も

いつもの事だ。


「仁さん、悪いけど、今日は本部の入口までね。何か、緊急警報鳴ったから」


静かに頷く仁の背中に暖かい感触が走る。後ろを見れば、さなえが頭を背中に預けている様子だ。これもいつもの事…戦いに怯えている訳ではない。しかし、どれだけ強力な武器を

操り、あらゆる敵と戦う少女達だとしても、そこはまだ、未成年の子供。心まではカバーする事ができない。


大人の兵士でも感じる戦闘のストレスは彼女達の心を確実に蝕み、壊していく。

既に部隊内でもPTSD(心理的外傷)やシェルショック(戦闘恐怖症)を患い、さなえの友人達も、入院を余儀なくされる子達も出ていると聞く。平和を守るため、戦う背中越しの少女も同様の症例が出ないか、仁としては非常に気になる。


(しかし、この子達は強い。何にも負けない意思を持っている。)


確信を持って言える事だ。例え、どんな敵が相手でも、彼女達は恐れる事なく果敢に挑んでいく。何故、戦うか?簡単だ。彼女達は信じている。平和な世界を、正義と言う崇高な理念をだ。


仁が長い時を生き続け、幾度も見てきた人間の持つ強さ…何度、絶望し、それでも立ち上がる彼女、彼等に自身も救われた事か…


今の自分には力が無い。だが、それでも戦う彼女達の支えに少しでもなれるなら…それでいい。いつもの感触に安心したのか、目を閉じるさなえのため、仁は少し自転車のスピードを

緩めた…



 「緊急ブザー?これは湖の施設の奴!?嘘…マジで?ええっと、とりあえず総員、出動!」



金髪ロングの少女が本部内で鳴り響く警報に驚き、手元の裁断刀を離し、近くの銃を持って、飛び出したのは好機!だが、しかし、一言言わせてくれ!


「俺の手、半分切れかかって、血が出て致死量!せめて、せめてさぁっ!拘束解いて、

医者を、イシャは何処だ?」


と叫ぶ軍曹の声は、虚しくブザーに掻き消される。どうやら、異常事態が起こっているようだ。しかし、自分は動けない。机に四肢を固定され、片手は大量出血、失血死まで秒読み開始の状態…何とかせねばと考える頭に良いタイミングで、耳に付けたインカムが鳴り響く。


「大将、生きてるか?」


「その声はオーザ!俺を生贄に差し出したのは、この際、水に流そう。いや、てか血が流れてる。今すぐ…」


「軍曹、あれだ。何か知らねぇけど、湖の方から銀色の巨大ロボット上陸だとよ。

嘘みたいだけど、本当だ。いや、この世界じゃ、あ・た・り・ま・え・か。

とにかく、少女部隊の連中と話をして、俺達も戦うよ!」


「巨大ロボットォぉっ?クソッ、い、嫌な予感が的中だな。止せ!

無茶はするな。デカい奴に敵う装備は、ここの連中は持ち合わせちゃいない。無謀な勇気じゃ、勝てん。てか、何故、戦う?敵である娘っ子に、この町の奴等を助ける義理はねぇだろ?」


通話機の向こうでオーノが笑う様子が伝わってくる。連絡するオーザも同様だ。


「ハハッ…何つうかさ、恩返しだよ。俺等が切り刻みの実験地獄から逃げ出した時、一部の奴等は化け物扱い…石が飛んできた。当然だ。クリーピー・トロール(不気味な徘徊者)なんてお呼びじゃない。だけど、あの子達みたいな正義の連中や、手を差し伸べてくれた人がいた。アンタもそうだろ?軍曹!同人部隊なんてやってんのも、その“救い”に貢献するためでしょ?あの時の借りを返したい。ただ、それだけさ!」


「へっ、たいした美談だよ。柄じゃねぇな?だが、本当はわかってるぞ?お前等は

ただ化け物退治がしたい。要するに暴れたいだけだろ?」


「アアッ、かもな!まぁ、それでいいよ。どっちにしろ、こんなチャンス、逃す手はない。」


「気を付けろ?オーザ、世界終焉が日常茶飯事の昨今、巨大怪獣なんて、冗談にもならない。」


「任せとけ!絶対に食い止める!それじゃ!」


(全く、これだから“正義の味方もどき”はいけねぇ…)


一方的に切られた通信に、ニヤリと笑うが、自分の状況をすっかり忘れていた。テーブルに広がった血液は大量、両手、両足は拘束中、耳に付けた通信端末は弄る事は出来ない。

絶望だ。


しかし、巨大ロボット?昨今、何でもありの世の中とは言え、やりすぎだろ?一体、こんな田舎の湖で何を作っていた?いや、それだからこそ、少女部隊なんて、精鋭が配置されていたのか?


疑問が、疑問を呼ぶが、今はそれどころじゃない。そろそろ大声を出して、警官か、誰かに来てもらおう。意識が遠のく頭に、耳の通信端末が再び鳴る。


今度こそは助けてもらう!そう決意すると同時に、再びの一方的な音声に耳を傾けた。


「久しぶり!ですね!軍曹!!こちらが流した情報は役に立ちました?それともミスって

女の子達に捕まり真っ最中?まぁ、何でもいいや。とにかく上陸してくるのはロボットじゃないすよ?アンタもご存知、てか、人間達に差し向けた巨大獣、口を大きく裂かれたアイツです!」


「……生きていたって事か…」


かつて、火口の中から導き出した狂獣があの巨神に倒され、終わっていたと思っていた。

しかし、生き永らえていたとは…責任なんて微塵も感じない。しかし、この状況は不味い…


軍曹の言葉を完全に無視し、謎の男の話は続く。


「おたくの戦友、怒伊特曹は何とか施設から脱出した様子で、そのまま待機していた

自分の部隊とAH64‐Dアパッチ戦闘ヘリ3機を湖上空に向かわせました。だが、結果は見えています。少女部隊の装備も、貴方のお仲間の改造人間達と、遠くで待機のお仲間さんが持ってくる兵器でも、アレを倒せません。よろしかったら、ウチで登録してる能力者とか、

魔法系、ミリタリー系を派遣しますよ?」


この男の力なら、それも出来るだろう。だが、無理だ。巨大な敵には、巨大なる者…

対峙できる存在でなければ…


男の通信に返答を返そうとする軍曹は


「皆、差し入れ持ってきたよー!仁さん、ここまでね。ここまで!運んできて…

ってギャーーッ、なにこれ~」


とドアを開け、悲鳴を上げるさなえの後ろに続く男の姿を見た時、ニヤリと目元の傷を歪ませた…



 「嘘だろ?あの化け物、何てデカさだよ?」


アパッチ戦闘ヘリのパイロットは後部席に座るガナー(機銃手)に吠える。夜空を駆ける

自機の眼下には、湖の感触を楽しむかのように、ゆっくり歩く銀色の巨大恐竜、いや

怪獣がいる。歩みが遅いとは言え、後数分で陸に辿り着くだろう。


「こちらは怒伊特曹だ。地上攻撃隊の配置は間もなく完了する。周辺住民の避難は、

警察が行うが、間に合わない。そもそも一体何処に逃げる?開発者の室長はアリみたいに

ペシャンコだ。少女部隊も応援に来るが、その前にだ。お前等ヘリ部隊で止めろ!最終防衛ラインと思い、総員、事に当たれ!」


ヘッドセット越しの特曹の声は慣れっこだ。何処の戦場でも一緒に戦ってきた。恐れなどない。機体を怪獣に向け、降下させる。


「こちら、チャーリー、敵の装甲に、熱感知が反応!ヘルファイア(対戦車ミサイル)

有効!アルファ、ブラボー、同時攻撃の用意を!」


3番機の声にガナーが照準器を操作し、ロックオンを完了する。これで目標に全弾命中は

確実だ。


「目標固定完了!ヘルファイア発射!」


攻撃合図と同時に、3期のヘリから軽24発のミサイルが赤い曳光線を引き、銀色の巨体に吸い込まれていく。怪獣の頭、手、足を覆う激しい爆発雲と金属摩擦の轟音が湖内に反響し、この地で恒例の花火大会顔負けの明かりが夜空を彩る。


「目標全弾命中!」


「やったぞ!全部当たった!」


「落ち着け!戦果を確認しろ!」


「コイツを24発も喰らって、死なない奴はいないさ。ん?待てよ?嘘だろ…?」


各機から歓声が上がるが、それは次の瞬間、恐怖で息を吞む音に変わる。

音を立てて、水の中に崩れていくのは、巨体を覆っていた銀色の装甲のみ、そして、それは

怪獣を制御する“拘束具”だった。


「アルファ、目標の熱量増大!いや、肉眼でもわかる。赤く光ってるぞ!」


「なんて奴だ。装甲全てで防ぎやがった…」


「こちら、ブラヴォー!チェーンガンだ。40ミリロケットでもいい!早く、奴を…!!」


パイロット達の会話は最後まで、交わされる事は無かった…

赤い褐色の鱗をわななかせた敵の口から発せられる赤い光線が素早く空を薙ぎ払い、

彼等のヘリ全てを吹き飛ばしたからだ…



 「あの、赤い光は光線?…嘘でしょう…」


少女部隊本部の窓を赤く染め、空中で爆発四散する3つのヘリを、さなえは驚きで

見つめた。


「脱出用の落下傘が6つ開いた所を見ると、パイロットは無事って所だな。

しかし、アイツは強いな。おたく等の柔肌じゃ、到底敵わないぞ?」


「黙って!」


片手から血を流したままの(さなえの治療は拒否された)軍曹の皮肉を受け流し、

製図ケースから銃を取り出す。母が作ってくれた差し入れを一口含むと、入口に向かう。


その前に仁が静かに立つ。さなえが戦う時に見せる悲しみの表情、今夜は特に一段と強い。

心配してくれている。決して何かを言う訳ではない。だけどわかるのだ。


彼の背中に体を預ける時、頭を撫でられる事、そのひとつ一つに自分を想ってくれる感触が伝わってくる。口の中にある母の手料理だってそうだ。そして外で戦う仲間達、皆がそれぞれを活かして戦う。人も、人でない人達が、互いに支える優しさと気遣い、誰もが皆を気にかけ、救い合う素晴らしい世界…


だから…!


「大丈夫!みんなを…町の皆を絶対、絶対!!守るから!!」


怯えはある。だけど、仁の顔を見れば、それも消える。このかけがえのない人達のために、迷いも怖れもへっちゃらだ。


「行ってくるよ。仁さん!そこのテロリストも今日は見逃す!早く逃げなよ!」


仁達に一声かけ、横をすり抜ける。もう、彼は止めない。何か許可をもらったみたいで嬉しい。さなえは無人の廊下を一気に走り抜けていった…



 「カーッ、良い子だねぇっ!お前が気に入る訳だな?おいっ!ハッハァー!全く、

ニ・ン・ゲ・ン・は面白い!」


片手の血はいつの間にか止まっていた…その持ち主である軍曹は薄汚れた歯を剥き出しにして、笑い、吠える。仁は何も喋らない。赤い光が瞬かなくても、気配でわかった。

何という事だ。自分が倒したと思っていた怪物が生きていて、再び、人間達に牙を剥くとは…


「オイッ、そんなに落ち込むなよ。せっかくの久しぶりぶりの再開だろぉっ?まぁよ、

誰にだって間違いはあるさ。それにアイツが蘇ったのはお前の大好きな人間共の仕業だぞ?全く勝手だよな。好き放題やって、困った時は何にも

出来ない。やっぱり、コイツ等は、最後に自分の首を絞めて、滅んでいくのさ。」


「‥‥‥‥…‥‥…彼等は何度でも立ち上がる…例え、過ちを犯したとしても、

それに気付き、解決する力を持っている。」


「おほぉっ!?ようやく喋ったな。だが、ちと今回は旗色がヤバいな。俺がけしかけたせいもあるが、アイツは最高だ。核弾頭だって殺せない。いいか?G(GENOCIDER)を倒せるのは、G(GIANT)級のG(GOD)だけだぜ?」


「わかってる!!‥‥」


実に数千年ぶりに叫び、拳で壁を叩いてしまう。目の前の怪人に言われるまでもない。

だが、監視者の任を解かれ、見守る只の“人”になった自分に何が出来ると言うのか?

頭を抱えたい衝動の仁を他所に軍曹の嘲笑のような声は続く。


「あ~、そう言えばおたく、あれか?もう大きくなれないんだっけ?バッカだね~?

だいたい異種族なんか好きになるからいけないんだよー?ああ~っ、でもあれか?

救えなかったのは今日だけじゃないか?何千年も繰り返してるんだべ?こんな場面は?」


「黙れ!…」


おどける顔面に拳を繰り出す。勿論、何度もあった。だが、耐えてきた。同じ人間同士の

争いに介入する事は出来ない。しかし、今回は違う。今回は…


「黙らねぇよ…」


「‥‥?…」


相手の皮膚にめり込む予定の拳は、逞しい腕に阻まれていた。見れば、驚くほど強い目をした軍曹がこちらを睨みつけている。


「俺がお前等、正義の奴等を嫌いなのはな!何でもかんでも、枠に当てはめるからだ。社会の模範?正しい事をするには制約が多い?笑わせんな!惚れた世界なら、守りたい女がいるなら、余計な倫理にルールなんて取っ払え!出来る事全てを使って、戦えよ!こんな所で

皮肉たれてる弱小怪人なんか、放っておいてよ。違うか?」


「‥‥‥」


全てに納得した訳ではない…だが、彼の言う事は正しい。今の自分にとってはだ!

軍曹から手を離し、廊下に向かう。何が出来るかはわからない。だが、やれる事をやろう。

後悔して何も出来ない自分など、く・そ・喰・ら・え・だ!!


走り去る音を聞きながら、軍曹はため息をつく。身の丈に合わない、偉そうな事を言ってしまったと、少し苦い感覚を味わう。振り払うように頭を振ると、耳の通信端末を弄る。


「‥‥…あっ、もしもし、さっきは一方的な情報提供に感謝!そんで、もう一つ、そちらの

提案に乗りたいんだがよ…?」‥‥



 「ロケットは吞むに限るぜ?クソ野郎!!」


湖から上陸したGⅩは無人となった湖畔ホテルの前方を通過する。怪獣の頭と並ぶホテル

屋上に陣取った怒伊陸曹とその部下達は、怪獣が屋上と平行状態になる瞬間、

捨て台詞を吠え、一斉に携帯式無反動砲カールグスタフを発射した。


5つの白煙と共に発射されたロケット弾が爬虫類を思わせる醜悪な顔面に直撃する。

潰された室長の話では、口が破損していたと聞く。そこを集中攻撃すれば、倒せる。それに

元々、どんな生物も頭が弱点と来ている。今までの常識と経験ではだ!


「やりましたね!特曹!!」


「いや、油断はできない!総員、次弾装填を急げ!」


「はいは~い!」


今一緊張感にかける部下達の声にげんなりするが、仕方ない。歓声を上げるのは

半獣、いわゆるケモノ耳の少女達だ。あらゆる異端事例に関わる内、それに

対応できる部下達を探し、時には、その場で現地スカウトを行った結果だ。


アパッチの乗員は全員無事との報告を受けたが、このままGⅩの進撃を止めなければ、

多くの犠牲が出る。何としてでも、ここで防がなければ…


そう思う怒伊の全身を赤い光が照らす。爆炎の中から、怪獣の大口が開くのがわかる。

やはり、駄目だったか?一瞬の隙をつかれ、口を閉じ、攻撃を免れたようだ。反撃は間に合わない。とっさにケモ耳の少女全員を背中に回し、カバーする。


せめて、部下達の生存確率を上げねば…叩き込まれた専守防衛の理念が、彼を守ろうとする少女達の身体を無理やり後ろに追いやっていく。


(悔いは無い…!)


「おいおーい!ケモ耳ハーレムでリア充ってか?羨ましいな!!怒伊ちゃん!

だけど、死ぬにはまだはえぇぞ?」


強い力に思考は中断され、少女達と一緒に空中に放られる。その刹那、下方の屋上を光線が焼き払う。


「とりあえず、一旦退避だ。それでいいな?」


「‥‥ああ、すまんな。オーノ」


怒伊と部下を両手で抱えたオーノがありえない跳躍を繰り返し、後方の建物に全員運ぶ。

同時に、湖前に隣接した道路のあちこちから、銃弾と砲撃がGⅩの巨体に向けて、発射されていく。


「いいぞ、お嬢ちゃん達ぃっ!攻撃開始と行こう!」


「ちょっと、テロリスト!勝手に指示出さない!」


「ワリいな。嬢ちゃん。だが、名前で呼んでくれ!

これでもオーザって立派な名前があんだ!」


「どこがよ?早く撃つ!ボカスカね!」


「ハッハァ!これは手厳しい!了解だ!ご主人様ぁっ!!」


少女部隊の1人である金髪ロングがジャベリン対戦砲を構え、オーザに怒鳴る。軽口を返す彼も両手に携えた50口径対物ライフルを2丁拳銃ばりに連射していく。


「少女部隊、掩護射撃を頼む。自衛隊は全員救出完了。」


「了解!」


市街入口となる道路には重迫撃砲が配置された場所に怒伊達を担いだオーノが降り立つ。

休む間もなく、少女部隊から銃器を借り、攻撃に加わっていくオーノの耳の端末が不意に

鳴る。


「こちら、三田村、待たせたな!怪獣退治に参戦する!」


夜の市街地にキャタピラ音を響かせ、現れたM24戦車が間髪入れず、GⅩに向け、

戦車砲を発射する。


「おい~っ、三田村!何で旧式の戦車なんだよ?せめて74とか、エイブラムス持ってこいよー!?」


「バッカ、オーザ!怪獣で戦車と言ったら、これだろう?」


「そこの馬鹿テロ共!そんな事より、ヤバいよ。アイツの口、赤く光ってる!」


「総員退避ー!!」


怒伊の声が響く中、怪獣の口から赤い光線が発射され、展開された攻撃陣地を

吹き飛ばしていく。


「負傷者は下がれ!陣形を立て直せ!」


オーノの号令一下、攻撃が再開され、怪獣の巨体にいくつもの爆発音と火花を散らすが、相手はビクともしない。


「オイオイ、コイツはちと不味いぞ~?」


軽口を叩くオーザの声に焦りが見え始めていた…



 「貴方はどうやってここに…?」


青白く輝く空間の中に“それ”は不意に現れた。こちらの問いかけは無視し、

ただ“数千年前に監視者を辞めた者の職場復帰”を認めてほしいとだけ言う。


確かに覚えがあった。だが、それを肯定する事は出来ない。こちらの態度に

相手は薄く笑い、およそこの場にふさわしくない言葉遣いでまくし立てる。


「まぁ、あれだよ、綺麗何処の宇宙女神さん…?俺的には脳内変換でそんな風に見えるんだけど、そんな感じだよね?こっちもかなりインフォーマルな方法でここまで来てんだ。


だから、頼むよ。アンタ等からすりゃ、小さな星の下等種族の行く末なんて、どうでもいいかもしれないけどよ。俺にはどうでも良くねぇんだよ!ワガママでゴメンねぇ。


でもよ、アイツ等がよ。ここまで戦い、生き残ってきたのもさ。知ってるんだよ。

それは、アンタ達が派遣した監視者、巨神のさ!正しい姿?正義な感じのさ、

背中を見て、学んでよ、それが長い時の中で、様々な形で受け継がれてきて、

今がある訳さ。アイツ等は信じてるよ?“正義は必ず勝つ”ってな。


カッコいいじゃない?その期待と希望を裏切っちゃいけないよぉっ?どうさね?

細かい取り決めはちょこっと無視して…」


「残念ですが…」


「あっ?」


「私達の定義した教義に反する事はできません、例え、どんな状況や理由があるにしろ、

一度、取り決めた事を曲げる事は出来ないの…」


穏やかな自身の声が轟音に遮られる。見れば、空間内が異変をきたしている。同時に、

こちらの力も少しづつではあるが、削られ、それに被せるようにドス黒い念を込めた声が

響く。


「ハハッ、テメェ等、上から目線はまぁお硬い!でもよっ、こっちも時間がねぇんだ?

俺をおたく等が消すのは容易かもしれんが、いいのか?こんな醜悪、狂念は後々残るぜ?


浄化にはだいぶ時間がかかっぞぉ?そのめんどくさい処理するより、俺の提案に乗った方が遥かに楽じゃね?まぁ、一つご検討よろしくでさぁっ~?」


相手の言う事は最もだった。何より、ここに来る事が出来る存在、まだどれほどの

奥の手を持っているか、知れた者ではない。ゆっくり肯定の意を示す。


「ありがとよっ…」


汚らしい歯を見せ、相手は目元の切り傷2本を歪ませた…



 「思っていたより大きい!でも、やらなきゃっ!!」


叫ぶように決意を固め、さなえは目の前に聳える巨獣に向かって、銃撃を開始しながら走り出す。仲間達と自衛隊、そして何故か、合流した同人部隊?オマケに戦車までいる。


仲間である少女達も、あり得ない程の跳躍をしているテロリストも、ケミ耳の自衛官も

皆が戦っていた。全員が同じ気持なのはわかっている。自身もそれに続かねば!


巨獣の外皮にはどんな攻撃も通じない。だが、あの大口を開けた時に攻撃を集中できれば…


「さぁ、その大きな口を開けなさい!」


怪獣がこちらを見つけ、巨大な顔を向けてくる。今だ!光線を吐く、その口を開けろ!

さなえの誤算は、頭部に集中しすぎた事だった。横合いから繰り出される津波のように巨大な尻尾が道路ごとさなえの体を巻き込む。


(や・ら・れ・る…!)


目を見開く自身の前に一回り大きい影が立つ。


(仁さん!?)


彼が尻尾と自分の間に立ってくれている。しかし、無駄な事だ。二人まとめて吹き飛ばされてしまう。


鈍く大きな音が響いた。思わず目を閉じる。次に開いた視界には、尻尾を止める仁の姿が

あり、その姿は今まで彼女が見た事のないモノに変わろうとしていた…



 さなえを追いかけ、彼女と怪獣の間に立った仁に何か勝算があった訳ではない。しかし、もう、何度も繰り返してきた別れを見たくない。それが自分の残してきた後始末なら尚更だ。


不意に巨獣の後ろに光の影が差す事に気づく。この感覚は懐かしい、数千年ぶりだ。


「久しぶりですね…」


月の輝きと共に囁くような声も流れてくる。そうか…いや、可笑しい。我々の取り組みでは

決してならない事だ。一体なぜ?


考える間もなく、全身に力がみなぎってくる。視界も変わる。さなえを見つめる高さが見下すようになり、目の前に立つ怪獣の体を登るように、その頭部と同じ高さまで目線が昇り、止まった時、全てを理解した。


(これは…いや、そうだ。これで良いのだ。また、皆を守れる!)


ただ、気になったのは次に聞こえてきた月の囁きだ。


「貴方を本来の姿に戻します、これで…いや、ちょっと何するんですか…やめ…

これで、アイツと戦えるし、必要な時に変身もできるぜ!ヒーロー!!

せいぜい好きなモンを守れや!」



いつもの可憐な声を遮った“その声”は何処かで聞いた気がした…



 「参ったね~、こりゃどうも、まさかあんなのが出てきちまうとは…」


赤褐色の怪獣と対峙する灰色の巨人を見て、オーザはため息をつく。


「少女部隊の子を守ったって事は俺達の味方って事でいいんだよな?」


「ああ、そのようだ。オーノ…しかし、凄いな。」


オーノの隣に立つ怒伊も同じ感想だ。


「ちょっとヤバいよ。怪獣の口!」


金髪ロングが叫ぶのと同時に、赤い閃光が夜空に走り、灰色の巨人に直撃した。

怒伊のケモ耳娘達が悲鳴を上げ、少女部隊のメンバーも手で口を覆う。


赤い爆発が巨人を包む。光線を出し切ったGⅩが勝利の咆哮を上げる。

しかし、その煙から突き出された巨大な拳が怪獣の頭部を捉え、そのまま、

湖まで殴り飛ばす。GⅩの巨体が水に沈むと同時に起きた波飛沫と地震級の振動が

彼等の足場を大きく揺らす。


「強い!あの巨人さん!強いよー!!」


ふらつく体を立て直す、少女達から歓声が上がる。全くオーザ達も同じ気持だった。

そんなメンバーの隣でエンジン音が響く。


「三田村、何処へ?」


「彼を支援する。」


「オイオイ、俺等は必要ねぇんじゃね?」


「何を言う?あの姿を見ろ!我々が目指すべき道を示す者だ。皆、そのために

戦うのだろ?ならば、微力でも力を添えるべきだ。」


「仏頂面の兵隊さんの言う通り!車載銃座借りるね!皆行くよ!」


三田村に呼応するように戦車のハッチに、合流したさなえが飛び乗る。全員が頷き、湖の戦いに向かって走り出した…



 倒れた巨体に油断した…湖の中から発射された赤い光が仁、いや“巨神”の顔面を直撃する。2度目の攻撃に体がぐらつく。いや、数千年ぶりの戦いに体がついていかない。


そのまま水中に沈む自身の首元にGⅩの尻尾が巻き付き、一気に締め上げられる。

両手でほどこうともがくが、そのまま水面から怪獣の眼前まで引き出された。


巨大な歯が並ぶ口が縦に大きく開き、喉奥に赤い光が見え始める。至近距離の一撃だ。

これには耐えられそうにない。


(やはり、無謀だったか…しかし、ここで諦める訳には…!!)


両手を動かし、あがく巨神の後方からいくつもの砲弾が飛来する。それらは怪獣の体を直撃し、巻き付いた尻尾を僅かだが、緩めた。視線を動かす必要はない。


自身が信じた、人間、いや、それも含む全ての種族が後に続いてくれているのだ。


「頑張って!じん、いえ、巨人さん!!」


と微かに聞こえた愛しい声は幻聴ではない。やはり間違っていなかった。彼等は何度でも立ち上がる。戦える。だからこそ自分も!!


全身に力を込め、一気に尻尾を引きはがした手を、GⅩの咥内に突っ込む。

拳の先が焼き溶けるような痛みを感じるが、構わない。発射される筈だった赤い光を

そのまま押し込む。


(これで終わりだ…!)


怪獣の体内で弾けたような爆音が響き、固い皮膚を内から突き破った中身が水中に落下していく。突っ込んだ巨神の手の全体が見える頃には、朽ち果てた怪物の体がゆっくりと

湖に沈み、遮るモノの無くなった月明りが彼の全身を祝福するように照らしていった…



 まだ、硝煙と爆炎の匂いが残る湖畔をさなえは走る。共に戦った自分達を振り返り、

頷くように顔を動かした巨人は、掻き消すように、その姿を消した。敬礼や笑顔で手を振る者もいたが、さなえとしてはそれ所ではない。自分は彼の正体を知っている。


嫌な胸騒ぎを振り切るように首を振り、湖に体を向け、こちらの背を向ける仁の姿を見つけた時は、思わず安堵のため息を洩らした。


(仁さん、良かった…)


こちらの気配に気づいた仁が振り返る。その顔は何処か悲しそうだ。そこで気がつく。

この場面は子供の頃に何度も見てきた。テレビとか、漫画で!

正体のバレた正義のヒーローとか、ヒロインとかが元の世界に帰ってしまうパターン‥‥そんなのは絶対!嫌だ。だから、


「仁さんお疲れ様!一緒に帰ろう!皆、待ってるよー!」


と努めて明るく言葉をかけた。彼の事を全てはわからない。だが、悪と戦う自分を庇い、

支え、いつも見守ってくれた。さっきだって、自分と皆を守るため、その本当の姿を見せてくれた。それで充分だ。後はその内にゆっくり理解していけばいい。最も、言わなくても、

だいたいの察しはつくが…


少し戸惑う様子の仁の傍に駆け寄り、その腕に手を回す。何か言いたげな彼の唇に、

指を一本そっと当てる。


「大丈夫、今は何も言わなくていいよ。お母さんも、部隊の皆にも内緒だからね!」


まるで、友達同士の内緒話のように明るく話すさなえに、仁の表情が徐々に和らいでいく。

一緒に歩き出す彼女の頭にゆっくりとその手が添えられた…



 「あれが、最後の一匹とは思えねぇ。てか、また、来るんじゃね?」


「ノーコメントだ。オーザ!」


「オーノに同じくだ。」


「大丈夫だ。怒伊、彼は強い。それに1人じゃない。俺達もいる。次は負けない。」


「良い事言うねぇ~、三田村に戦友共ぉ~全く、その通り。誰かが正しい事を成そうとするなら、必ず、それに続く者が出てくる。だから、世界はきっと大丈夫!問題無しってやつさね!」


「そうそう、うん?てゆーか、何で?テロリストのリーダーが、拘束逃れて、断手から、サラッと逃げようとしてんの?」


「えっ、金髪怖い。いや、今は戦い終わって、大団円な流れじゃね?」


「いや、そもそも、大将、戦ってねぇし…」


「そうだな。それに何だ?この良い匂い?香水?」


「お前…俺達が死線、さ迷ってた時に、何処で、誰とナ・ニ・し・て・た?」


「見損なったぞ…軍曹…」


「これは、もう、断☆手だね!」


「断手♪断手~♪」


「いや、ちょっと待って、信じて、戦友共!そして両手を持たないで金髪以下少女部隊の

皆さん!はしゃぐな!ケモ耳自衛官娘!えっ?てか、ここで?嫌だ、嫌だ!誰か、助けてぇっ~!」


軍曹の悲鳴と少女達の歓声が絶妙なハーモニーとなり、月明かりを映す湖に陽気に、

狂喜に反射していった…(終)


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THE・GIANT~復活の巨神~  低迷アクション @0516001a

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