散逸した草稿A

北条雨傘

草稿Aについて

・伝説


 Ⅰ.ある物語の下書きとして書かれた。

 Ⅱ.作者の素性はわからない。

 Ⅲ.物語の全容は不明である。


 そもそもタイトルの「A」は何を意味するのか。それに続くBの存在を示唆しているのか、はたまた特定の語の頭文字なのか。それさえわからない。




・歴史


Ⅰ.初期草稿

 1930年頃、市街に流布される。市庁舎、駅、図書館、バス停、病院、喫茶店、映画館、酒場等々に、ひっそりと、あたかも置き忘れたかのように放置され、当時だれでも持ち去れる状況にあった。その膨大な量から推察するに複数名によって書かれた手稿であると思われる。おそらく、あるひとつの物語のために書かれた草稿なのだが、それらをなぜ市街に流布したのか不明。初期草稿はそのほとんどが散逸しており、偽書も多く出回っている。


Ⅱ.草稿A再発見とその偽作集団

 1960年代に入っていわゆる「草稿Aムーヴメント」が興る。その背景は、1962年に星報堂書店が創刊した文芸誌「13階で逢いましょう」の誌上にて草稿Aに関する特集が組まれたことにある。草稿Aは知名度が高まり、関連書籍が賑やかに出版された。この流行に乗って、1964年頃になると草稿Aの形式を模した手稿が大量に出回ることとなり、かつてのように市庁舎や図書館等に無許可で放置されるようになった。そのほとんどは素人作家による模倣作であり、質の低いものが多かったが、「月光密輸団」「夜想出版局」「夕闇工房」といった匿名の偽作集団が優れたパスティーシュを多数発表している。それらの集団のなかで特筆すべき夜想出版局は、1930年代当時の紙とインクを用いて精巧な草稿Aを偽造したため、現在でも初期草稿と混同してオークションに出品されることが多々ある。


Ⅲ.完全版の存在

 2000年代に入って、草稿Aの完全版が存在するという風説が流布され始める。現在調査中。

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散逸した草稿A 北条雨傘 @ksiezyc

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