完璧な灰色(下)

私は、鉄の処女に自ら望んで入った。母もすすんで私の背中を押してくれた。ゆっくりと背中に鋭い棘が刺さり、骨と筋肉の隙間に入った棘が骨と擦れ、軋む音が少し嫌だったが、心地よかった。隙間がどんどん埋まっていく感覚がしたから。扉がゆっくり閉じていくのと同時に、前方からも沢山の棘が私を貫いていく。肋骨と棘が擦れ、また軋む音が最後に響き、重い音を立てて扉は完璧に閉まった。扉の下から綺麗な血が流れ出し、そして大きな血溜まりが出来た。中から、パシャパシャと、みんながその上を上履きで歩く音が聞こえてきた。その音の優越感に浸りながら、私は笑っていた。


ミンナが私に手を伸ばしてくる。休み時間でも、授業中でも、登下校中でさえも、トイレの中にだって。先生でさえも手を伸ばしてくる。手首を切り落としても、切っても切っても切っても切っても切っても、沢山でてくる。おびえながら、黒板の字を手の平にシャーペンでえぐりながら写した。

あいつらの生臭い声は、隣で息を吸うだけで空気が硝子の破片に感じられるほど最悪の気分になる。硝子が肺の中に刺さり、そこから血液がドロリと垂れたのが分かった。私は、あいつらの全身の皮膚を糸を通した針で少しずつすくってギュッっと引っ張りあげたくなった。でも白い液体が怖くて、口の両端を裂いてまで笑い返した。

明日がくる、また明日がくると、何度も何度も唱えされられ、いつの間にか私の制服の左袖についていたボタンは、緩んでとめられなくなっていた。

段々私は、自分の身体が木の幹のように表面の皮がパリパリと剥がれ、ヒビが入って、ガサガサになり、くすんで汚れていることに気が付いた。だから、毎日、沢山の針がついたスポンジで剥がすように皮膚が見えなくなるまで擦り続けた。いつの間にか朝になっている日も度々あった。

鉄の処女の中は、安全で安心出来た。何か違和感があったが、それ以外は完璧だった。どんどん針が伸びているのも気のせいだと思う。

私が少しでも白い液体を垂らそうとすると、ミンナが包丁を私に向けて来るようになった。形や大きさは様々で、歪んでるのもあれば、とても鋭く大きいのもある。そして、瞼を剥がして私を見てくる。それから、パクパクと魚のように口を動かし、後ろを向いた。

明日が存在しなくなった。今をずっと繰返していた。今日は何度も来るが明日を考えると脳みその中が霧で曇ってむせてしまう。ただ何かが過ぎるのを願っていたような、いなかったような。そもそも鉄の処女は、何か。目が悪くなったのか、目の前が灰色で埋め尽くされていた。



「少女は数年間、鉄の処女の中にいた。人生の中で一番平凡な日々だった。それと引き換えに数年間の痛みと時間と自分を失った。あの瞬間に二度と手に入れることの出来ないものが、代償としてはあまりに大き過ぎた。しかし、この物語が少女の全てだった。少女は触れればすぐに、ドロドロと溶け崩れるほど幼い子供であった事を忘れないで欲しい。」


この物語に続きがあるとすれば、一体どんな結末を迎えるのだろうか。いや、結末があるのだろうか。

この物語を読んだ貴方へ、きっと骨の髄まで身体中が傷だらけで痛かったりするだろうか。でも安心して、この小説を閉じれば、その傷は跡形もなく消え去る。まるで、何も無かったかのように。ただ一つ、もしかしたら「何も無かった」ということだけ、消えないヒトがいるかもしれない。





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イロバナ あい @ai16wosiranai

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