第7話 陸部男子の朝

 六時。蒼志は目覚ましが鳴る前に目が覚めた。今日から朝練が始まるのだ。父特製のスタミナ弁当を持って家を出た。澄んだ空気を腹一杯吸い込んでいると家の中から目覚まし時計の音が聞こえた。

──少し早いけど……。


 グランドには案の定誰もいない。

「おーい。一年」

振り向くと階段下部室に二年の保井やすい博人ひろと久田ひさだ利樹としきが座ってカードゲームをしていた。その奥の片隅で小さくなってスマホを見ているのは秋田あきた浩介こうすけだ。

「おはようございます!」

「おはよう。……ちょっと走る?」

「あ……はい!」

 慌ててランニングシューズに履き替えていると、

「あ、そう。がんばって」

 久田がカードから目を離さずに無表情で言った。

「えぇぇ!」

蒼志はこの、えぇぇ!に突っ込みを込めた。だが部室の三人は無反応。

──えぇぇ……。

「冗談冗談!松本瑛真えいしんが来るまで待ってて!」

──保井君、タイミングが遅いよ……。

本当に一人で走るところだった。

「焦りましたよ保井君!」

「はは。ごめん。」

 相変わらず二人はカードゲームに夢中で、秋田はスマホのゲームに集中している。


「遅なってすまん!」

 瑛真と道田みちだ広太郎こうたろうがようやく現れた。

「お。一年。早いなぁ」

「おはようございま」

「おぅ。ほなやろか」

 全員が瑛真の周りに集まった。

「え、何を」

「最初はグー!いんじゃん……おい一年!」

「あ、はい!」

「いんじゃんするぞ!」

「え、何で」

「最初はグー!いんじゃんほい!!」

グーで勝った。

──何のじゃんけんなんだろう。

「全力鬼ごやで」

同じくグーで勝った保井が小さな声で教えてくれた。

──全力鬼ご?

「いんじゃんで負けた鬼が逃げ切ったやつに焼きそばパンをおごらなあかんねん」

次に勝った久田が説明を重ねる。

「そう。ほんで、購買のおばちゃん愛用のメガホンにタッチしてたら鬼はそいつにタッチできひんようになる」

「そういうことや。でもな、参加者の半数以上が鬼にタッチされた場合は……お前ら全員で鬼に焼きそばパンをおごるんやぞぉぉぉ!」

瑛真が吠えた。

「瑛真が鬼や!」

「「ひぃぃぃぃぃ!!」」

蜘蛛の子を散らすように先輩たちが走り出した。瑛真のそばで固まっている蒼志に久田が叫ぶ

「一年!逃げて!」

「瑛真の走りは怪物やぞ!」

道田も叫ぶ。

蒼志は恐る恐る瑛真を見上げた。不敵な笑みを浮かべて蒼志を見下ろしている。

「ひぇぇぇぇぇ」

なんとも情けない声を出し、ようやく蒼志も走り出した。死に物狂いで走るのは初めてだ。

「ぅおおおおおおおお!!!」

「ひぇぇぇぇぇ」

「ぅおりゃ!タッチ!部室で待っとけ!」

心臓をくりぬかれるかと思うほどの恐怖を感じたままその場に倒れ込んだ。

「ぅおおおおおりゃぁぁぁ!!!」

瑛真の走る姿は怪物そのものだ。校舎で悲鳴が上がる。

 部室に行くとすでに保井と久田が座り込んで息を整えていた。蒼志はまだドキドキが止まらない。


「ほんま秋田あきちゃん速いわぁ!」

ガハハハと笑いながら瑛真が道田の肩に手を置き、部室に現れた。

「ん。」

後ろを歩いていた秋田が蒼志にメガホンを渡す。

「え?」

「半数以上が捕まったから僕たちが瑛真に焼きそばパンをおごらなあかんねん」

久田が息を整えながら教えてくれる。

「それで、一番最初に捕まった人が焼きそばパンを買いに行くから……今日は蒼志が買って来てな」

道田が人数を数える。

「えーっと、五人やから……一人二十円な」

四人からお金を受け取った蒼志が、

「で、でも……売り切れていたらどうしたら」

「あぁ。大丈夫や。メガホンない時はおばちゃんが焼きそばパン確保しといてくれてるから。多少遅なっても心配ない。でもはよ持って来いよ!俺、二年四組な」

「は、はい!」

「ぁ。ヤバい。あいつらおった。蒼志、全力鬼ごは内緒やぞ。女子はすぐにチクるから」

瑛真がひそひそと耳打ちした。

「わかりました」

心なしか小さくなった怪物の姿が可笑しかったが、笑いを噛み殺し真面目な顔で瑛真に耳打ちを返した。


「おはよう!

……あんたら、何息切れしてんの。

……瑛真、またなんかしょうもない事してたんちゃうやろなぁ!」

女子キャプテンの沢井さわいあやが詰め寄ったが、

「何もしてへん!男子アップ~!グランド五周!」

と足早に部室を後にし、叫んだ。ちなみに瑛真は男子キャプテンだ。

 六人はだらだらと走り出した。

──こういうの嫌いじゃない。


 昼休みに約束通り購買へ行くと、おばちゃんが笑顔で出迎えてくれた。

「こんにち」

「あぁ。蒼志やないの。あんた負けたんかいな。一個か?はい」

「あ、ありがとうございま」

「誰が勝ったん?」

「え、えっと、」

「瑛真か?」

「は、はい!」

「あいつ速いからなぁ。ほら、はよ持って行ったり。四組やで!」

「はい!」

蒼志は階段を駆け上った。

「瑛真君!お待たせしまし」

「おぅ!やっと来たか。それ、入部祝いや。蒼志にあげるやるわ

「え!?ありがとうござ」

「はよ飯食わな昼休み終わるで!」

「あ、はい!」

蒼志は階段を駆け下り教室に戻ると、コウキと翔馬が弁当を食べずに待っていてくれていた。

「しろうさぎ遅い!腹減って死ぬわ!」

「ごめん!」

父特製のスタミナ弁当と焼きそばパンを急いで机に並べ、手を合わせた。

「蒼志、今日めちゃくちゃ豪華やな!」

「いただきます!」

翔馬に返事もせず焼きそばパンにかぶりついた。

「うん!おいしい!」

怪物から貰った焼きそばパンは優しい味がした。

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EKIDEN! 雲水 @panipanipani

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