第6話 陸上部入部

「じゃあな!蒼志!」

「しろうさぎ、がんばれよ!」

 

「うん。コウキも翔馬も。」


 昨夜は緊張で眠れずにいた。小学校に転校してきた日に体験した、自身への失望が重くのしかかり、目を閉じるとあの頃の嫌いな自分の姿が脳裏を駆け回る。最初が肝心。また失敗したら……いっそのこと陸上部に入部せず父とのマラソンを続ければ良いか……でも……と朝を迎えてしまったのだった。

 朝食も昼食も、昨日の夕食ですら喉を通らず緊張を背負ったまま重い足取りで陸上部の部室へ向かった。といっても個室が用意されているわけではない。部員数の少ない陸上部には部室が与えられず、彼等は階段の下を占拠して部室と呼んでいるのだ。

 蒼志が部室にたどり着いた頃には既に誰もおらず、全員グランドに集合しているようだった。誰にも出くわすことがなく、ホッとしたのも束の間、

「はよ来んかい!」

 耳をつんざくような顧問の叫び声が蒼志の体を飛び上がらせ無我夢中で走り出し、気付いた頃には陸上部の輪の中で

「高山蒼志です。よろしくお願いします!」

 人見知りが発動する間もなく、勢いで言っていた。


「新人が遅刻すな!」

 顧問がグランド中に響き渡る声で怒鳴った。

陸上部だけでなく、野球部やサッカー部もしんと静まりかえりグランドが静寂に包まれた。

 グランド中の視線が顧問と蒼志に降り注がれている中、特に強い視線を感じて顔をあげると二人と目があった。まっさらな野球のユニフォームを着ているコウキと翔馬だ。二人は蒼志と目が合うと慌てて変顔を作ってみせた。


「すみませんでした!高山蒼志です!よろしくお願いします!」

「……自己紹介はさっきも聞いたわ。もうええ。次、ニ年挨拶せぇ。ほんでそこの野球部新人!お前らはよ練習戻れ!」

「は、はい!」

二人のおかげで緊張が溶け、小さくグーサインを送り合うなか、

「……です。」

「よーし。ほな、ストレッチ。ほんでアップして……昨日と同じメニューで行こか。新人はアップが終わったら呼びに来い。」

 そう言って顧問が校舎の中へ入って行った。ホッとしている間も部員の自己紹介は進み、結局誰の名前も聞かないまま練習が始まってしまった。ストレッチをしながら周りを見回す。あっちこっちで目があうが、お互いすぐに目をそらした。静寂のなか互いを探り合うこの場にコウキがいれば……と想像して思わず笑ってしまった。コウキの相手をできる人間はここにはいないだろう。ここには自分と同じような人種が揃っているような気がする。


「高山くん?先生とこ行こか。」

 アップが終わり、先輩たちはそれぞれ短距離や長距離に別れて練習をし始めたところで体操服の男子が声をかけてくれた。中二、中三は陸上部の海青中学オリジナルTシャツを着用しているので体操服を着ていれば中一とすぐにわかる。ゼッケンを見ると「石田」と書かれていた。

「石田くん……?」

「うん。ゆうすけでええで」

「お、俺は蒼志」

「蒼志、俺は和磨。ほんで、あそこでぼーっと立ってるのは隆成」

 確かに向こうで高跳びの準備をしている女子の先輩の後ろに男子がいる。

「くぉらぁぁ!一年男子!はよこんかい!!」

 女子が連れてきた松野先生が血管が切れそうな顔で叫んでいる。

「やっべ」

 蒼志とゆうすけは急いで駆け出し、和磨が隆成を引きずって連れて来た。

「お前ら遊びに来てんのか!グランドダッシュで三周行って来い!」

「え~。えぐいてぇ!」

「ガタガタ言わんとはよ行け!」

 ゆうすけが走り出したので三人も後に続いた。向こうでコウキと翔馬が笑っているのが見える。

──こういうの嫌いじゃない。


 一年の男子と女子は和磨と隆成を除いて短距離に決まった。和磨は投てき、隆成は希望通り高跳びに決まった。そういえばさやも高跳びをすると昨日届いた手紙に書いてあったなとぼんやり思い出していた。


──さや。元気かな。

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