アマユラ異聞録~冒険者アラドの手記

@oshin1992

プロローグ

 


 手記を執筆するのは、初めてのことなので少し緊張している。この手記には、僕がアマユラで経験した様々な事柄、人々との交流、冒険を記録していこうと思う。


 まず、僕の名前はアラド。所謂、冒険者をやっている。…駆け出しだけどね。


 あと、この手記を書いているのも僕だ。さて、僕の始まり、僕の故郷から説明しないとね。




 大陸の辺境にある、小さな田舎の村が僕の故郷「カナイ」だ。


 特に見どころがあるわけでもない、強いて言えば村の裏手にある山で採れる山菜が美味しいことくらいだ。


 僕はそこで平和に暮らして、冒険者という仕事とも縁がない、そんな一生を過ごす、はずだった。


















「また、その話かよじっちゃん!」


「ほほほ、アマユラ各地には、この世界を守り抜いた冒険者カムイの宝が至る所に眠っておる…ワシの若い頃はその宝を見つけようと世界中を飛び回ったもんじゃよ…」


 カナイの中でもごく普通の貧しくもなく、裕福でもない僕の家でおじいちゃんと三時のおやつをする時は大抵、おじいちゃんのカムイの宝に関する昔話を聞かされることになる。僕はこのカムイの英雄譚を空で言えるほどになっていた。


「出来ることなら、お前にもカムイの宝を探す旅に出てほしいと考えておるんじゃがのぉ…」


「出ないって言っているだろ、じっちゃん。俺はこの村で一生過ごすって決めているんだから」



「男の子だというのに、アラドは安定志向じゃのぉ…冒険したくないんか!」




 じっちゃんが、カッと目を見開く。じっちゃんに、この村に骨を埋める話をすると必ずこうなる。




「別に…そんなに興味があるわけじゃないよ。冒険も悪くはないかもしれないけど、僕はここで土をいじって、牛たちの世話をするのも嫌いじゃないし、家を継ぐことだってそんなに嫌じゃないしさ」




「何を言っとる…このアマユラに魔神が降臨してしまったらこの世界を誰が守るんじゃ!」




「魔神?そんなの復活するわけないじゃん…それに、世界の危機になったら国の偉い人たちや勇者様が何とかしてくれるよ」




「そんなわけあるか!魔神は必ず復活する…その時に必要となるのはカムイの残した宝なんじゃぞ!お国の為に働こうとは思わんのか!ゴホゥゴホッ」




「はいはい、魔神?が復活したらその時は考えてもいいよ」




 話は決まって、この魔神が復活したら考えてもいいよと言って終わりだった。


 そもそも、魔神が復活するということが考えにくいことであった。




 この世界「アマユラ」はカムイが魔神を倒してからとても安定しており、魔物の活性も低い状態が続いていて、野営をすることも、以前と比べてはるかに安全になったと言われている。




 村でも魔神が復活するという与太話を信じているのは、じっちゃんくらいのもので、他の人たちも僕同様、はいはいと笑って流していた。




「じゃ、裏の山で山菜取ってくるから!じっちゃんはお医者様の薬、ちゃんと飲んでおいてよ!」




「ありゃ苦いんじゃがのぉ…ゴホッ」




「良薬は口に苦し、だよ!それじゃ行ってくる!」




 山菜を採るための装備を一式、背中にしょい込むと家を出た。じっちゃんの咳は聞いてて少し心配になる。いつも通りの日常がこれからも続くはず、だった。




















「よぉ!今日も山菜採りに行くのかい?」


 隣に住んでいるおじさんが農道で声をかけてきた。


「おじさん!まぁね、本当は朝行きたかったんだけど、今日はやることが多くて忙しかったから」


「気を付けなよー。何故か近頃、魔物や獣たちの気性が荒くなっているからね」



「ありがとう!気を付けるよー」












 畑の農道を北にずっとまっすぐ行くと、村の裏手に出る。村の裏手には丘というよりは少し高い里山がある。ここで採れるタラの芽やモリノニクと呼ばれる、栄養価の高い山菜を村にやってくる行商人に売って僕の家は生計を立てていた。




 もちろん、村の共同牛舎にいる牛の世話や、麦畑の手入れもしているけど、僕はこの山菜を採ることが一番好きだった。注意深く観察すると、山はいつも同じように見えて、違う顔を毎日のぞかせてくれるからだ。




「山の精霊様、今日も山菜を採らせていただきます…」




 山に入る時には、必ず一礼してから入ることにしている。これは、おじいちゃんがよく言っていたことで、山の精霊は山に入る時の人間を一番よく見ている、礼儀を重んじる性格なのだそうだ。




 ……もちろん、精霊様をこの目で見たことはないのだけれど。




「さて…今日はどれだけ採らせてもらえるかな…」




 ざっと辺りを見渡して、今日の山の様子を観察している時だった。前の草むらで何かが動いた。




「!!」




 咄嗟に後ろに下がると、さっきまで僕がいたところにオオカミ型の魔物が爪を立てていた。




 テン・ウルフ。山に生息する獣が年月を経て魔力によって進化すると、テン・ウルフと呼ばれるようになる。普通の狼よりも動きが俊敏になり、獰猛さが増す。山に入る時に熊並みに気を付けなければいけない魔物だ。




 山の中で見かけることはあっても、普段は山の奥に生息する魔物だ。山の入り口で見かけたことはなかった。




「テン・ウルフ…!なんで!」




 背中から山菜を採るための鎌をサッと抜き取り、構える。今にも飛びかかってきそうな気配だ。ジリジリと距離を離そうとするが、相手も少しずつにじり寄って来る。こんなことになるなら、猟銃を持ってこればよかった。




「ガウッ!!」




 テン・ウルフが爪で引き裂こうとしてくる。体をずらして爪撃を避ける。紙一重だった。もう少しで僕の腕が裂かれていただろう。




「(こうなったら、戦って機を見つけて逃げるしかないか…!)」




 ここまで気性が荒くなっている魔物は珍しかった。カナイに住んでいる魔物は気性がおとなしく、仮に見つかったとしても、最初の一撃が失敗すれば魔物たちは諦めて別のところに行く。だがテン・ウルフの目には明確な殺意があった。




「やぁっ!!」




 鎌を横一文字に振る。もちろん、攻撃力はない。脅かしてそのすきに逃げようと考えていた。




「ガウッ!!!」




 威嚇されたことに反応して、テン・ウルフも威嚇し返してくる。牙をむきだし、グルルと唸り声をあげている。どうすればいい。頭の中で、思考がぐるぐると回るが、この状況では逃げられそうにない。




「戦うしかないか!」




 鎌を振り、テン・ウルフを遠ざける。こうなれば、戦うしかない。もしかしたら、生きて帰ってこられないかもしれない。そんな思いが頭をよぎった。




「(この鎌は切れ味は良くない…どうにか、背中の小斧を取り出して頭を割るしか考えつかない…!)」




 鎌ではテン・ウルフを殺すだけの威力が足りない。まごまごしているうちにテン・ウルフに殺されてしまうだろう。だが、背中の小さめの木を切る小斧を取り出せればあるいは…!




「ガウッ!!」




「今だ!」




 テン・ウルフが飛びかかってくるタイミングで、鎌の先端をテン・ウルフの目に突き刺す。痛みにのたうち回るテン・ウルフの叫び声を気にすることなく、テン・ウルフから距離を取り背中から小斧を取り出す。




「ごめん!ごめん!ごめん!!」




 これも生きるためだ。僕はまだ死にたくない。一心不乱になって、小斧を振り落とす。




「グガァァァァァァ!!!!!」












 何回斧を打ち付けただろうか。小斧を打ち続けたテン・ウルフの頭はぐちゃぐちゃになり、見るも無残な姿になっていた。




「はぁ…はぁ…」




 緊張が解けた途端、気が抜けてしまった。地面にへたり込んでしまう。




「こ、怖かった……」




 額の汗をぬぐう。獣を解体したことはある。猪を狩って鍋にしたこともあるし、鳥をシメたりすることもあった。だが、魔物と命のやり取りをしたことはなかった。




「よ、よいしょ…」




 完全にすくんでしまった足をなんとか立たせる。まだ足が震えている。




「でも…どうしてこんな人里近いところで…」




「危ない!!避けろ!!!!」






 ドン!!と突き飛ばされる。一瞬何が起こっているのか、頭が追い付かない。




「じ、じっちゃん!!!」




 鮮血が飛び散る。手負いのテン・ウルフが引き裂いたのは、じっちゃんの体だった。




「ぐっ…このぉ…」




 ダァン!とじっちゃんの手に握られた銃声が鳴る。テン・ウルフは今度こそ、息の根を止めたようだ。




「はぁ…ゴボッ……無事か?アラド…」




「じっちゃん、なんで…」




「村は…魔物に襲われた………ゴボッ」




「喋っちゃダメだ!」




 じっちゃんを横にさせる。喉には血が詰まってて、口からはかすかに、コヒューと息が漏れていた。




「お前は…山菜を採りに行く…と、行っていたからな……慌ててここまで……」




「ど、どうしよう…血が止まらないよ、じっちゃんどうすれば」




「カムイじゃ…」




「え?」




「カムイの宝を探すのじゃ…アラド。村が襲われたのも……魔神が…復活したから」




「まだそんなこと…!」




「いいから聞かんか!」




 じっちゃんの顔にいつもの呑気さは無い。じっちゃんは苦しそうに、言葉を振り絞った。




「わしらの悲願、魔神を…倒してくれ……」




 それだけ言い残すと、じっちゃんはパタリとうなだれた。




「じっちゃん?」






 返事がない。






「じっちゃん!!!!」






















 僕のじっちゃんは、魔物から僕をかばって死んだ。僕のせいだと責める暇すらなかった。




 村の方が赤く光り、焦げ臭いにおいがする。僕はじっちゃんを草むらにそっと寝かせると、村へ走っていった。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アマユラ異聞録~冒険者アラドの手記 @oshin1992

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る