王恵2 袁曜卿に減ぜざる
無能で知られていた
劉懐敬が任地に向かおうとするとき、
見送りに出たという。
その中に
そんな王恵、見送りから戻ると、
いとこの
「見送りはどうだった?」
「色々な人に会ったのを
覚えているくらいだな」
要は劉懐敬そのものについては、
まるで印象に残らなかった、
ということだ。
とある曲水の宴でのこと。
突然の嵐に見舞われたという。
宴に参列した人たちが
慌てて雨宿りしようと逃げ出す中、
王恵はひとり、ゆっくりと立ち上がり、
場を離れた。その振る舞いは、
普段とまるで変わらなかった。
荊州刺史に任じられた時のこと。
元々その副官であった王恵だ。
荊州刺史の副官としてスライドする。
ただし、荊州刺史の副官がつく役職、
副官の仕事に専念したい、
と言うことだろうか。
宋国に郎中令を置きたい、
と言うことになった。
謂わば宋王身辺の警護の取締役だ。
だが適任らしい適任が見当たらない。
劉裕、
「郎中令を採用したいんだが、
どこかにいないもんだろうかな」
すると傅亮、王恵を見る。
「心当たりがございます」
と言うわけで王恵、郎中令に。
それから間もなく、改めて
劉義符の周辺行事の監督となり、
尚書となり、
時會稽內史劉懷敬之郡,送者傾京師,惠亦造別,還過從弟球。球問:「向何所見?」惠曰:「惟覺即時逢人耳。」常臨曲水,風雨暴至,座者皆馳散,惠徐起,姿制不異常日。世子為荊州,惠長史如故,領南郡太守,不拜。宋國初建,當置郎中令,高祖難其人,謂傅亮曰:「今用郎中令,不可令減袁曜卿也。」既而曰:「吾得其人矣。」乃以惠居之。遷世子詹事,轉尚書,吳興太守。
時の會稽內史の劉懷敬の郡に之かんとせるに、送る者は京師を傾け、惠も亦た別れに造り、還じ從弟の球を過ぐ。球は問うらく:「向に何ぞを見たる所なるか?」と。惠は曰く:「惟だ即時に人に逢うたるを覺ゆるのみ」と。常に曲水に臨み、風雨の暴かに至れるに、座者の皆な馳散せど、惠は徐ろに起ち、姿制は常日と異ならず。世子の荊州為るに、惠の長史は故の如くせど、南郡太守を領せど拜さず。宋國の初に建つるに、當に郎中令を置かんとせど、高祖の其の人を難じ、傅亮に謂いて曰く:「今、郎中令を用いんとせど、袁曜卿をして減ぜしむるべからざるなり」と。既にして而して曰く:「吾れ、其の人を得たり」と。乃ち以て惠は之に居す。世子詹事に遷り、尚書、吳興太守に轉ず。
(宋書58-2_直剛)
袁渙
かっこいい人。
劉懷敬
突然こんなところで先日抱えたミッシングリンクが繋がって笑ってる。なにがって言うと巻五十三
「永初三年,出為丹陽尹,有能名。轉會稽太守。江東民戶殷盛,風俗峻刻,強弱相陵,姦吏蜂起,符書一下,文攝相續。」
412 年以降、
会稽みたいな要地でそんなやらかしやってんのに失政として書かれてない辺り闇が深くて素敵である。
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