巻58 東晋来の名族たち5

王恵1  鄙宗の美    

王恵。字は令明れいめい琅邪ろうや臨沂りんし県の人だ。

王弘おうこうと同じ、王導おうどうのひ孫である。

祖父は王劭おうしょう、車騎將軍。

父は王默おうもく、左光祿大夫。


王恵は幼いころから

物静かで素朴な人柄であった。

ただ、学識はすさまじかったようで、

はやい段階で王謐おうひつに目を掛けられた。


とは言え、それで社交界に出る、

と言ったこともない。

活動らしい活動もせず、

ただそこにいる、と言った装い。


なんか変なやつがいるらしいぜ!

王恵ってんだけどよ!


そうやって繰り出してきた人物がいる。

謝瞻しゃせん謝晦しゃかいの兄である。

えっこう言うのって

どっちかってと弟じゃね?


ともあれ謝瞻と言えば

その文才、その弁才の凄まじさ。

そんな彼が気にかけるというのだから、

漏れ聞こえていた才覚は

相当だったのだろう。


ふふん、俺がへこましてやるぜ!

息まいて兄弟や家来を引き連れ、

王恵のもとに乗り込む謝瞻。

レッツ清談バトルである。

ちょっと懐かしいですねこのノリ。


で、謝瞻。様々なテーマを

王恵にぶつけていく。

一切の遅滞なく答える王恵。

しかもその言葉は美しく、

理屈は深淵そのもの。


あっやべえ、こいつ本物だ。

そうして謝瞻は、

息まいてきた自分を恥じ、

すごすご退散したそーである。


えっあの謝瞻を

やり込めたような奴がいる!?

その話はすぐに

劉裕りゅうゆうのもとに届いたようである。


劉裕、側にいた王誕おうたん

王恵のことを聞く。

王誕は答える。


「のちの世代が

 お手本とするべき人物です。


 琅邪王氏としては傍流ですが、

 その中でひときわ輝いている、

 と言えるでしょう」


お前にそこまで言わせるのか!

劉裕、すぐに王恵を召喚。

自分の部下につけた。


その後劉義符りゅうぎふ

将軍として軍府を持つと、

そこの副官となった。




王惠字令明,琅邪臨沂人,太保弘從祖弟也。祖劭,車騎將軍。父默,左光祿大夫。惠幼而夷簡,為叔父司徒謐所知。恬靜不交遊,未嘗有雜事。陳郡謝瞻才辯有風氣,嘗與兄弟羣從造惠,談論鋒起,文史間發,惠時相酬應,言清理遠,瞻等慚而退。高祖聞其名,以問其從兄誕,誕曰:「惠後來秀令,鄙宗之美也。」即以為行太尉參軍事,府主簿,從事中郎。世子建府,以為征虜長史,仍轉中軍長史。


王惠は字を令明、琅邪臨沂の人にして、太保の弘の從祖の弟なり。祖は劭、車騎將軍。父は默、左光祿大夫。惠は幼きには夷簡にして、叔父の司徒の謐に知らる所と為る。恬靜にして交遊せず、未だ嘗て雜事を有せず。陳郡の謝瞻が才辯は風氣有らば、嘗て兄弟羣從と惠に造り、談論を鋒起し、文史を間發せば、惠は時に相い酬應し、言は清く理は遠かれば、瞻らは慚じ退る。高祖は其の名を聞き、以て其の從兄の誕に問かば、誕は曰く:「惠は後來の秀令にして、鄙宗の美なり」と。即ち以て行太尉參軍事、府主簿、從事中郎と為る。世子の府を建つるに、以て征虜長史と為り、仍ち中軍長史に轉ず。


(宋書58-1_賞誉)




なんか王湛おうたんみたいな人ですなぁ。東晋とうしん建国の功臣第一位、王承おうしょうのパパ。物静かで、アピールすることもなく、けどその実力は折り紙付き、みたいなところとか。こっちは外部に強引に掘り出された感じですけど。


それにしても謝瞻の振る舞いがだいぶ軽薄でビックリしました。こういうところでの失敗とかを活かして、やがて立派な人格を得てったんでしょうかね。いやぁ、なんだかんだ謝瞻もこの世代の陳郡ちんぐん謝氏っぽいところあんじゃんとちょっと安心しました。


ちなみに王恵、王謐にとっては甥(兄の子)に、王誕にとってはいとこにあたります。しっかし王誕、王恵を「琅邪王氏の傍流」って言ってますけど、その「傍流」に三公に至った人がいるわけでさぁ……まぁ確かにあなたは王導の爵位である「始興郡しこうぐん公」を継承している王嘏おうかの弟、王導系ド嫡流なわけですから、そう言うのもわからなくはないんですが。それにしても、言い方ァ!


あーそうか、爵位継承の観点からすれば、この世代の琅邪王氏の宗家は王嘏になるわけですね。で、代が宋に代わると(たぶん)王弘系が宗家に切り替わった。にしても王弘ですら華容「県」公なのか。郡公って劉裕宗族以外だと劉穆之りゅうぼくし家しかいないんだ。なるほど、爵位の上では劉宋ってかなり中央集権なんですねー。

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