巻57 能吏 蔡廓

蔡廓1  肉刑復活論議  

蔡廓さいかく



蔡廓。字は子度しど濟陽さいよう考城こうじょう県の人だ。

曾祖父は蔡謨さいも、晉の司徒。

祖父は蔡系さいけい、撫軍長史。

父は蔡綝さいりん、司徒左西屬。

ついでに言えば後漢末の文学者、

蔡邕さいようのいとこの子孫でもある。


蔡廓は多くの書を読み込んでおり、

その言動は常に礼法に沿ったものだった。


初任は著作佐郎。

当時は桓玄かんげんの権勢真っただ中の頃。


この時、桓玄は肉刑、

つまり鼻そぎや足切り、去勢など

身体欠損をもたらす処罰を復活したい、

と考えていた。


蔡廓は、以下のような

賛成意見を述べている。


「法のもとに

 国民を教化するにあたっては、

 世の中の情勢に見合った

 恩徳と刑罰とを組み合わせ、

 民をコントロールすべきであります。


 この原則は、いかな世情においても

 変わりません。


 肉刑が用いられていたのは

 聖王の時代からのことですが、

 思うに、かの時代は

 シンプルな世でありました。


 そこで徳を示す、と言った

 規範さえそこにあれば、

 人々はおのずと心を正しく

 保てていたのでありましょう。

 故にいたずらな刑罰なぞなくとも、

 無為の政だなどと言った、

 老子の語る理想の世が

 そこには現出しておりました。


 しかるに、

 いまの世の中はどうでしょう。

 虚偽ははびこり、法令は煩瑣。

 利益主義ははびこり、

 貨殖の邁進を恥じる思いも

 薄れてきております。


 その身に厳しい労務を課したところで、

 よこしまな心は治まらず、まして

 入れ墨や鼻そぎをしたところで、

 どうして心が入れ替えられましょう。


 あるのは単に、残虐な暴力。

 それで治安が良くなったという話は、

 ついぞに聞いておりません。


 処刑ののち晒し者にしておく、

 いわゆる棄市にしてみたところで、

 もともとは足切り相当の罪業も

 含まれておりました。


 それがかん文帝ぶんていの肉刑廃止により、

 殺人罪と同等の

 処罰となってしまっております。


 三国魏の時代においても、

 鍾繇しょうよう陳羣ちんぐんが、その状態に異を唱え、

 また元帝げんてい陛下も心を痛められ、

 どうにか改善はできないものか、

 と議論を行わせております。


 いま、多くの智賢が

 陛下をサポートしておられます。

 示されている政は、

 伊尹いいん周公旦しゅうこうたんの時代にも劣りますまい。


 であるならば、聖知を明らかとし、

 慎重な刑罰の運用をなし、

 民を愛しまた教化し、

 あわれみの心をもって、

 みだりな処罰を行わず、

 いつくかの処刑を肉刑に変更することで、

 人の命の重きを全うさせ、

 子孫の繁栄につなげるべきであります」


もっともこの議論は、

孔琳之こうりんしをはじめとした

肉刑施行反対派によって

却下されたのだが。




蔡廓字子度,濟陽考城人也。曾祖謨,晉司徒。祖系,撫軍長史。父綝,司徒左西屬。廓博涉羣書,言行以禮。起家著作佐郎。時桓玄輔晉,議復肉刑,廓上議曰:「夫建封立法,弘治稽化,必隨時置制,德刑兼施。貞一以閑其邪,教禁以檢其慢,灑湛露以膏潤,厲嚴霜以肅威,晞風者陶和而安恬,畏戾者聞憲而警慮。雖復質文迭用,而斯道莫革。肉刑之設,肇自哲王。蓋由曩世風淳,民多惇謹,圖像既陳,則機心冥戢,刑人在塗,則不逞改操,故能勝殘去殺,化隆無為。季末澆偽,法網彌密,利巧之懷日滋,恥畏之情轉寡,終身劇役,不足止其姦,況乎黥劓,豈能反其善,徒有酸慘之聲,而無濟治之益。至於棄市之條,實非不赦之罪,事非手殺,考律同歸,輕重均科,減降路塞,鍾、陳以之抗言,元皇所為留愍。今英輔翼讚,道邈伊、周,雖閉否之運甫開,而遐遺之難未已。誠宜明慎用刑,愛民弘育,申哀矜以革濫,移大辟於支體,全性命之至重,恢繁息於將來」


(宋書57-1_政事)




あの蔡謨さんのひ孫と言う事で、なかなかにひいじじ並の強さを発揮していらっしゃる。


なお肉刑は、漢の文帝の時代まではなされていたところ、あまりにもむごたらしい刑だという事で文帝が取りやめにした。ただし、その分鞭打ちの回数が増えて、結局それがもとで死んだりと言った事態が発生していたそーである。孔琳之伝には肉刑反対派の孔琳之の主張が載っているわけだが、すいません、あんなん訳文が無いと訳出できる気がいたしませんですわ……。


というのも、こちらにある蔡廓の発言は内田智雄うちだともお「訳注 中国歴代刑法志」中に訳文が載っていたのです。いやぁ、面白そうと思って買った本が初めて役に立ちましたわ。

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