謝述1  有徳のひと   

下の弟は謝述しゃじゅつ、字を景先けいせん

若い頃から心根が真っ直ぐであった。


兄の謝純しゃじゅんと共に江陵に出向。

謝純が殺されると、棺を乗せた船と共に

建康けんこうに帰還することに。

その途中、西塞せいさいと言う地で暴風雨にあい、

謝純の棺を乗せた船とはぐれてしまった。


未だ川は荒れ狂っていたが、

それでも謝述は小船を出し、

兄の乗る船を探そうとした。


その途上、

兄嫁であった氏の舟の傍を通る。

謝述の様子を見た庾氏、

人をやって、謝述に伝えさせる。


「我が夫の舟とはぐれたのは、

 もはや起こってしまったことです。


 今もって風も波も荒れています。

 小船で動くべきではないでしょう。


 夫はもう、去ってしまったのですよ。

 どうして義弟どのが、

 夫と存亡を共にせねばならぬのです?」


謝述は号泣しながら答える。


「兄がうまく河岸に漂着しておれば、

 連れて帰ることができるでしょう。


 もし兄がどこぞに

 立ち去ってしまったのであれば、

 どうして私一人がおめおめと

 生き永らえられるでしょうか!」


そうして波風に立ち向かう謝述。

やがて謝純の舟を見つける。

とは言え船体に穴が開き、

徐々に沈みつつあったのだが。


謝述は絶叫し、天を仰いだ。

何とか死体の回収に成功する。

人々はこれを、謝述の

普段の行いのお陰だ、と語った。


この話を聞いた劉裕りゅうゆうは大いに喜び、

豫州よしゅうの人事官に

それとなく話を通しておき、

謝述らが豫州にやってきたら

主簿に取り立てるように仕向けた。

そして豫州でも、やはり

その優れた人品が知られることに。



ところで兄、謝裕しゃゆう

弟らのうち、特に謝甝しゃかんを愛していた。

謝述については、むしろ憎んでいた。


かつて劉裕を迎えて

宴会を開いた時のこと。


謝裕、謝甝を呼びたい、と言った。

が、劉裕が命じたのは、謝述の召喚。

こうして謝述のもとに、

急きょの使者がよこされる。

とは言え謝述、兄が自分のことを

好きでないと知っている。

故に劉裕からの命令である、

とは知りつつも、召喚に応じなかった。


が、諦めきれない劉裕。

なおも使者を遣り、

なんとか謝述を同席させるのだった。

到着ののち、初めて宴を楽しんだ。



そんな謝述であったが、

謝裕が病を得た時には、

誰よりも熱心に看病にあたった。

薬や食事は、全て自ら毒味のあと

謝裕に与えさせる。


自らの身づくろいに一切頓着せず、

看病にあたること十数日。

その看病ぶりに謝裕は感激し、

また今まで冷たく当たっていたことを

恥じ入るのだった。




述字景先,少有志行,隨兄純在江陵。純遇害,述奉純喪還都。行至西塞,值暴風,純喪舫流漂,不知所在,述乘小船尋求之。經純妻庾舫過,庾遣人謂述曰:「喪舫存沒,已應有在,風波如此,豈可小船所冒?小郎去必無及,寧可存亡俱盡邪。」述號泣答曰:「若安全至岸,當須營理。如其已致意外,述亦無心獨存。」因冒浪而進,見純喪幾沒,述號叫呼天,幸而獲免,咸以為精誠所致也。高祖聞而嘉之,及臨豫州,諷中正以述為主簿,甚被知器。景仁愛其第三弟甝而憎述,嘗設饌請高祖,希命甝豫坐,而高祖召述。述知非景仁夙意,又慮高祖命之,請急不從。高祖馳遣呼述,須至乃歡。及景仁有疾,述盡心營視,湯藥飲食,必嘗而後進,不解帶、不盥櫛者累旬,景仁深懷感愧。


述は字を景先、少くして志行有り、兄の純に隨い江陵に在り。純の害さるに遇うに、述は純の喪を奉じ都に還ず。行きて西塞に至り、暴風に值い、純が喪舫は流漂し、所在を知らず、述は小船に乘りて之を尋求す。純が妻の庾の舫に過ぎりたるに經、庾は人を遣りて述に謂わしめて曰く:「喪舫の存沒せるは、已に應に在したる有り、風波の此くの如きなれば、豈に小船を冒したる所なるべきや? 小郎の去りたるに必ずや及びたる無し、寧んぞ存亡を俱に盡くすべけんや?」と。述は號泣し答えて曰く:「若し安全にして岸に至らば、當に營理を須めん。如し其の已に意外を致さば、述は亦た獨り存す心無し」と。因りて浪を冒し進み、純の喪の幾らか沒せるを見、述は號叫し天を呼び、幸いにも免るるを獲る、咸な以て精誠の致す所と為りたるなり。高祖は聞きて之を嘉び、豫州に臨ぜるに及び、中正を諷じ述を以て主簿と為し、甚だ器を知らるを被る。景仁は其の第三弟の甝を愛し述を憎まば、嘗て饌を設け高祖に請うるに、甝に命じ坐に豫すを希えど、高祖は述を召ず。述は景仁に夙意非ざるを知り、又た高祖の之を命ぜるを慮り、請いたるは急なれど從わず。高祖は馳せ遣りて述を呼び、至れるを須ちて乃ち歡ず。景仁の疾を有せるに及び、述は心を盡し營視し、湯藥や飲食は、必ず嘗めて後に進む。帶を解かず、盥櫛せざること旬を累ぬらば、景仁は深く懷感し、愧づ。


(宋書52-12_徳行)




あれっこの話を見ると一気に謝裕の評価が落ちますね……これ、どういうことなのかなあ。もとはと言えば謝裕と謝純との仲が悪くて、そんな謝純に謝述がついたから、あわせて嫌うようになった、とか? この話の流れでキーになってくるのは謝裕と謝純の関係のような気がするんですけど、そこが見事にブラックボックスになっていますね。いやいや、その辺って陳郡謝氏の生存戦略を占う上でかなり重要なポイントじゃないっすかね……? だからこそ蓋をしたのかもしれんけどさあ。


それにしてもしれっと出てくる謝甝さん、なんかめっちゃ割喰らってますね。この感じだと謝裕って、結構権勢欲の化物みたいな印象にもなってきますね。だからこそ人材であった謝述を憎む、みたいなことになっていた。劉裕としては、この二人をどうにか取り持ちたかったのかも。


ここまでの数字の数え方からすると、第三弟ってのは三番目の弟と言う意味でなく、三人目である弟、って意味であることが多いから、謝氏兄弟の順番は裕→純→甝→述。日本語の感覚だと裕→純→述→甝になりそうだからやや厄介な感じ。

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