趙倫之2 嘲笑われる貴顕
本人は質素な生活を貫いた。
そもそもその性格が素朴。
いわゆる空気は読めないし、
公務についてもよくわかっていない。
長らく地方長官として勤めたため
名声は上がっていたが、
当然仕事はろくに切り盛りできない。
なので嘲りの的となっていた。
旧西府系の高官、
そんな趙倫之を露骨に嘲っている。
「おや、どうやら三公
空いてしまいそうだな。
次にこの席につくのは、
きっと、ジジイよ、あんただろう。
あんたにその任務が務まるなんて
私には到底言えんが、
この国のトップには、
外戚やら秩禄の高いものが
順次つくならわしでしかないしな!」
この嘲りに対し、
趙倫之はしかし、大喜び。
それから趙倫之はちょくちょく
酒を持って范泰のもとに
遊びに行くようになった。
428年に死亡。子の趙伯符が継いだ。
倫之雖外戚貴盛,而以儉素自處。性野拙,人情世務,多所不解。久居方伯,頗覺富盛,入為護軍,資力不稱,以為見貶。光祿大夫范泰好戲謂曰:「司徒公缺,必用汝老奴。我不言汝資地所任,要是外戚高秩次第所至耳。」倫之大喜,每載酒肴詣泰。五年,卒。子伯符嗣。
倫之は外戚貴盛なると雖も、儉素なるを以て自ら處す。性は野拙にして、人情や世務、多きを解さざる所なり。方伯に久しく居し、頗る富盛なるを覺えど、入りて護軍と為らば、資力は稱われず、以て貶ぜらるを為す。光祿大夫の范泰は好んで戲れて謂いて曰く:「司徒公の缺せるに、必ずや汝、老奴を用いん。我、汝が資地に任ぜる所とは言わねど、是を要うるは外戚高秩の次第に至る所なるのみ」と。倫之は大いに喜び、每に酒肴を載せ泰に詣づ。五年、卒す。子の伯符が嗣ぐ。
(宋書46-2_軽詆)
この巻を通読するひとは、おそらく初頭効果でこのエピソードが強く印象付けられるんじゃないかって気がするし、またそれが編者の意図だったんじゃないかって気もする。つまり「
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