第2話 訓練生

 サリバンに向かう途中、ミケルとルーシェはお婆さんと過ごしてきた日々を思い返していた。


 よく怒られていた2人だったが、お婆さんと過ごした日々は幸せな思い出しかなかった。


 大事なお婆さんを失ったミケルはあることを決意しルーシェに告げる。


「ルーシェ、僕...使者になる。他の人たちにこんな思いして欲しくないから」

「自分の言ってることがわかってるのか。使者になるってことは悪魔と戦うってことなんだぞ」

「うん、わかってるよ。けど、ならなきゃいけない気がするんだ」

「じゃあ、俺も」

「え?」

「ミケルがなるなら俺もなる。俺たちはいつも一緒だよ」


 そう言ってルーシェはミケルに微笑んだ。ミケルとルーシェは使者になるということがどれだけ大変で過酷なのかをまだ知る由もないが、2人は確固たる決意を持ってサリバンへ向かった。


 ネイカ村からサリバンまではそう遠くないため、ミケルとルーシェは次の日にはサリバンに到着した。


 サリバンはネイカ村と違い見渡す限り建物しかなく、今まで自然と触れ合って生活してきた2人にとって、そこはまるで異世界にきたような感覚だった。


 初めて見る光景に2人が呆然と立ち尽くしていると、前から歩いてくる女の子に優しい声で尋ねられた。


「こんにちは。もしかして、ミケルさんとルーシェさんですか?」


 あまりの可愛さにミケルは照れながら返事した。


「そ、そうです」

「私は、セレスと言います。2人のことはルーアお婆ちゃんから聞いています」


 セレスは自身がお婆さんと血縁があることを説明し、昔からミケルとルーシェのことは手紙でお婆さんから聞いていたことを告げた。


 そして、セレスは2人へこう言った。


「行きましょう!」

「どこに?」

「使者になるんですよね?」

「なんで知ってるの!?」

「知ってるもなにも、サリバンは使者の方やそれを志す人が集う街ですよ」


 サリバンは『天の使い』の本部が設置されている場所で、サリバンに来る人は皆、使者を志す者である。


 使者になる方法や場所などは特に考えずに、ただサリバンへ向かっていた2人であったが、セレスの合流により使者の道へ一歩近づいたのであった。


 セレスは、2人を使者訓練場へと連れて行った。


 訓練場には沢山の人がおり、凄まじい速さでそれぞれが木刀を打ち合っていた。ミケルとルーシェは目で追うのがやっとであった。


「この人たちは使者?」

「いいえ、この人たちはまだ訓練生です」


 ミケルは桁違いの速さで動いている人たちが訓練生である事を知り、あからさまに凹んだ。


「使者になるには、年に1回行われる昇任試験に合格しなければなりません。さらに、昇任試験に合格するためには、ただ勝利するだけではなく、条件をクリアしていないとダメなんです」


 訓練の様子を冷静に見ていたルーシェも、セレスの言葉を聞いてあからさまに凹んだ。


 昇任試験は、ノックアウト形式のトーナメント戦。故に、年に1回の試験であるのに、例年合格者を数人しか出さない。試験自体は何度でも受験できるが、条件をクリアできない限り、合格することは確実にない。


 ミケルとルーシェは、自身がどれだけ浅はかな考えであったのかを思い知らされた。


 落ち込んでいる2人にセレスは言った。


「私たちも早速訓練しましょう! ルーアお婆ちゃんから2人には凄い才能があるって聞いてるから、きっと大丈夫ですよ!」

「だよね! なれるよね!」

「ミケルは単純でいいなぁ」


 単純なミケルと冷静なルーシェは彼らなりに使者になることの大変さを理解し、その思いを強くした。


 3人は訓練場を出て他愛もない話をしながらセレスの家へと向かった。


 セレスの家系は長きに亘って使者を出しており、昇任試験のためにセレスの曽祖父に稽古をつけて貰うことになった。


「おじいちゃん、ただいまー!」

「ん? また知らん奴を連れて来おって」

「この2人使者になりたいんだって! だから、2人に稽古つけてくれる?」

「つけん」


 厳格なセレスの曽祖父は頑なに稽古をつけることを断った。しかし、セレスがルーアお婆ちゃんからの頼みだと告げると曽祖父は渋々引き受けた。


「まず聞くが、本当に使者になりたいのか」

「なりたいです!」

「威勢が良いのは結構だが、使者になるには相当な訓練が必要だぞ」

「大丈夫です!」

「じゃあ、手始めに目の色みしてみろ」


 それを聞いた2人は曽祖父の顔の前へ行き、目を見開いて顔面を突き出した。曽祖父は2人を引っ叩き、言った。


「お前らは目の色も変えられないのに使者になりたいなどぬかしておるのか!」


 引っ叩かれた2人は、目の前のお祖父さんが何を言っているのか全くわからなかった。


「まず、昇任試験に受かるには条件がある。それは、擬態化できるどうかだ。」


 擬態化とは、使者が悪魔と戦う際に短時間だけ自身の能力を格段に上げることである。


 擬態には、『昇天化』と『堕天化』と呼ばれる擬態方法が存在し、どちらの擬態方法になるかは本人の性格や本能に起因する。


 擬態すると目の色が変わり、その色によって様々な能力が覚醒すると言われている。


「さらに、必ずしも全ての人が擬態できるとは限らない。どんなに訓練しても擬態ができなければそこで終わり、昇任試験に合格することは絶対にない。お前たちのうち1人しか擬態できなかったとして、それに耐えられるか?」

「僕たちならできます!」

「そうか。じゃあ訓練を始める」


 その日からセレスの曽祖父による基礎体力、スピード、剣術などの地獄の訓練が始まった。


 3日目まではついていけていた2人だったが、それ以降は2人とも自身の成長に繋がっているのかを実感すらできないほど訓練についていくのに必死であった。

 訓練から10日程経ったある日。


「もう無理だー! どんなに頑張ってもおじいちゃんに引っ叩かれるだけで成長してる気が全然しない」

「ミケルさん、頑張ってください!」

「うーん、じゃあまずおじいさんの性格直してもらって良い? ところでさセレスちゃん、昇任試験っていつなの?」

「それは無理かと...。あと、5日後です!」

「え? 5日後って...」


 2人は体の疲労に加えて、精神的ダメージを受けた状態で最終訓練の擬態に臨んだ。


「今までの訓練は全てこの擬態のためにやっていたと言っても過言ではない。擬態には凄まじい体力を使う、故に上級の使者でも長時間擬態することはできない。今のお前たちでは擬態できたところで30秒が良いとこだろう」

「で、どうすれば良いんですか?」

「自分がどうしたいかを考え目を瞑る、そして開く」

「え、それだけですか?」


 しかし、3日経ってもミケルとルーシェは擬態できるようにはならなかった。


 ミケルとルーシェが頭を悩ませていると、セレスが近寄って来て言った。


「自分がどうしたいか、というのは、自分が何になりたいかを考えるといいですよ!」

「何になりたいかかぁ。っていうかなんでそんなに詳しいの?」

「私は昇天化でした!」

「え、セレスちゃん擬態できるの!? 昇任試験も受けるの!?」

「私の家系が代々使者一家なので流れで...私ができたってことは2人にも絶対できるので頑張ってください!」


 昇任試験前日、この日も朝から擬態の訓練に励んでいた。


(なりたいもの...なりたいもの...なりたいもの...)


 ミケルが頭の中でそれだけを考え続けていた時、ルーシェが遂に擬態に成功する。


「ルーシェさんすごい!」

「ほぅ。お前は堕天化か」

「まじかよー。俺も負けないぞ! おらっ!」


 しかし、その日もミケルが擬態に成功することはなかった。


 ルーシェの擬態は、堕天化で目の色はセレスの曽祖父も見たことが無いほど深い黒色だった。


 その夜、落ち込むミケルをルーシェが励ましていた。


「僕は落ちちゃうと思うから、ルーシェだけでも絶対受かってね」

「まだわかんないよ。明日本番でできるかもしれないし」

「そんなことほとんどないよ、おじいちゃんも全ての人ができるわけじゃないって言ってたし」

「諦めるな! もしお前が落ちたら俺は受かってても使者にはならないからな」

「頑張るよ...」


 完全に参っているミケルにルーシェはこれ以上かける言葉がなく、その場を去った。


 遂に迎えた昇任試験当日。


 2人は覚悟を決め会場へと向かった。

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