天の使い

本を読まない小説家

第1話 2人の少年

 2066年サリバンの大地は人間とは思えない程の圧迫感で埋め尽くされていた。


「やっと終わらせられるね、ルーシェ」

「始まりはどうであれ、最後がお前で良かった」


 遡ること20年前、大都市サリバンから遠く離れたネイカ村で、修行に励む2人の少年がいた。


 広い草原には2人の息づかいだけが聞こえる。激しい木刀の打ち合いの末、ルーシェの背後を取ったミケルは渾身の一撃を放った。


「もらったぁ!」

「バレバレだよ、ミケル」


 ルーシェは全てを見透かしていたかのようにミケルの一撃をかわし、すかさず鋭い突きをミケルのみぞおちに入れた。


「いってぇー、まーた負けちゃった」

「ミケルはね、何か仕掛ける時、必ず首筋に力が入るんだよ(笑)、如何にもこれこれなにかしますって感じでね」

「なにそれ、ズルだよズル! 今の負けは無し!」

「癖を見抜くのも立派な技だぞ、ミケルも俺の癖を見抜けるように頑張れ」


 納得のいかない表情だったが、口答えしても敵わないのは目に見えていたため、無駄なことはせずただただルーシェの癖を見抜くべく、じっと見つめていたミケルであった。


 2人はもともと孤児で血は繋がっていないが、ルーシェはミケルより三つ歳が上で兄のような存在、そんなルーシェを慕い、いつか必ず勝つと心に決めているミケル。


「やばい、もうこんな時間だ! そろそろ家帰んなきゃ」

「薪を取ってくるだけが、かなり遅くなっちゃったからな。絶対怒ってるよ、あの婆さん」

「嫌だなぁ、婆ちゃんっていつもは優しいのにさ、怒るとなんであんなにめんどくさいの。許してくれたと思っても、一日中嫌味言われるし」


 2人が心配しているお婆さんとは、孤児として捨てられていたミケルとルーシェを赤子の頃から育ててくれている恩人である。


 怒っているお婆さんが待っている家に帰りたくない気持ちを抱えながら、少しでも早く家に到着し、お婆さんが怒っていないという僅かな可能性に賭け、早足で向かった。


 遠目に家が見えてきた時、何年も過ごしてきた場所であるのに、まるで来てはいけない場所に来てしまったかのような今までにない霊気を2人は感じた。

 

 2人は何も喋ることが出来なかった。恐怖心と同時に凄まじい危機感を感じ、頭で考えるよりも先に身体が訴え、2人は同時に家の方へと走った。


 家に着き、半開きの扉を恐る恐る開け中に入ると、壁一面が血で覆われ、物は散乱していた。


 ミケル、ルーシェ、お婆さんの3人が生活してきた面影は一切残っていなかった。部屋の中央には血だらけで倒れているお婆さんと、その横で手を合わせて唱えている何か、人型ではあったが見るからに人間ではない化け物がいた。


 その化け物はミケルとルーシェの気配に気づき、手を合わせるのをやめてこちらを振り向いた。


「ん? なんだ若いのがいたのか。こんな老いた魂食ったところで何の足しにもならないから丁度良かった」


 ミケルとルーシェは状況を理解できず言葉を発することができなかった。今まで育ててくれたお婆さんを失い、目の前で無残な死体となっているのに、それを悲しむ余裕すら2人には無かった。


 それは、2人の目の前にいる化け物が自分たちに向けている殺気を強く感じていたからである。

 ミケルは思った。


(殺される)


 ミケルの考えは正しく、目の前にいる化け物はヨダレを垂らしてこちらを見ている。そして、化け物が小さく呟いた。


「頂きます」


 その言葉が聞こえた瞬間、瞬きする間もなく化け物はミケルの目の前に現れ、鋭く長い爪でミケルの頭と胴体を切断しようとした。激しく飛び散る血と何かが落ちる音を聞いたルーシェは覚悟して隣を見た。

 

 すると、そこに落ちていたのは化け物の頭だった。ミケルは何が起きたのかわかっていなかったが、殺されずに済んだことだけを理解し安堵した。


 少しして2人は、もう1人の存在に気がつき、人間かどうか判断した上でルーシェが尋ねた。


「だ、誰ですか?」

「お前たちの命の恩人だ。あと、お前らの婆さんを殺して食べようとしてたその化け物は悪魔」

「悪魔!?」


 そんなものは迷信に過ぎないと今まで信じてこなかったルーシェだったが、悪魔と聞いて自然と腑に落ちしてしまった。


「そう、悪魔。そしてそれを狩るのが俺の仕事。俺は『天の使い』の使者としてこの世に存在する悪魔を殺し続けてるってわけ。ま、もう仕事終わったし行くわ」


 そう言って使者と名乗る男は去っていった。


『天の使い』とは悪魔を狩る人間の組織。『天の使い』に所属し、悪魔を狩る人のことを使者と呼ぶ。使者は悪魔から人々を守るため、日々命を懸けて戦っている。


 少し落ち着いたミケルはゆっくりとお婆さんのもとへいった。息はしておらず血だらけで蹲っているお婆さんを見て、漸く2人を悲しみが襲った。

 

 ミケルはお婆さんを抱きかかえ涙を流した。ミケルを見たルーシェは涙を堪えミケルの肩にそっと手を置いた。


 さらに、ルーシェはお婆さんが蹲って何かを守っているように見えた。お婆さんは右手で紙のような物を握り締めていた。


 強く握り締められたその紙の状態がお婆さんの恐怖と必死さを物語っていた。ルーシェがその紙を取り中を見ると、そこにはお婆さんの字で遺書と書かれていた。


「ミケル、ルーシェ

 あなたたちにこれを読ませることができるかわからないけど、その時のために書いておくね。あなたたちは孤児で、2人とも同じところで捨てられていたわ。その時、2人と一緒に置き手紙があったの。

 そこには、『この2人は特別です。名前はミケルとルーシェと言います。どうか面倒みてあげてください。そして、成長したらサリバンへ向かわせて頂きたいです。

 この子達が幸せでいられますように』

そう記されてたわ。最初はこの事は言わずに3人で過ごそうって思ってたの。でも、あなたたちと生活していくうちに、ミケルとルーシェはきっと何かを成し遂げる人なんだって、やっとこの手紙の意味がわかったの。

だから、お婆ちゃんからの最後のお願いです。

サリバンへ行きなさい。


どうか私の息子たちが幸せでいられますように」


 手紙を読んだ2人の決意はもう固まっていた。


「サリバンに行こう」

「うん」


 こうして、ミケルとルーシェの『天の使い』としての冒険は始まったのである。

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