Liar Girls

横浜あおば

#1 Divided Ikebukuro

 昭和七十年代、埼玉を中心に東京から栃木や群馬、千葉にまで領地を持っていた東武政府と、東京北西部から埼玉南西部を領地に持っていた西武政府による争いは激しさを増していた。

 その争いの中心は池袋。東武政府の西側防衛線である東上線と西武政府の北側防衛線である池袋線の起点となっている都市だ。

 しかし昭和八十一年、私立政府同士の仲介を担う団体であるMETROメトロ(Major private government External Through Region Organization、大手私立政府直通機構)によって、西池袋及び北池袋に東武政府の主権を、東池袋及び南池袋に西武政府の主権を与える形で両政府が合意。池袋は緩衝地帯になった。

 ただ、それで池袋が平和になったわけではない。むしろ以前よりややこしくなったとさえ思える。なぜなら、スパイ行為による諜報合戦の最前線となったからだ。




「お嬢様、こちらでお休みになっていきませんか〜?」

 突然メイド服を着た女性が萌え声で話しかけてきた。メイドカフェの客引き。

「いえ、結構です」

 私は冷たくあしらった。こういうサブカルチャーには興味がないからだ。というよりも、サブカルチャーに馴染みがないと言った方が正確だろうか。


 私は朝霞あさか優季ゆうき、十七歳。西武政府主権地域にある豊島丘としまがおか女子高校に通っている女子高生。というのは表の顔で、本当の正体は東武政府の諜報機関《リバティ》のスパイ。女子高生として生活する傍ら、西武政府の動向を探る任務に当たっている。その為、一般的な女子高生のような青春生活は何も知らない。まあ、メイドカフェが女子高生の娯楽とは思わないけど。


「おい朝霞。遅かったじゃないか」

 街灯に寄っ掛かり私に手を振るこの女性。坂戸さかどのぞみ、私より一つ年上の十八歳。彼女も私と同じスパイ、私の正体についてももちろん知っている。


「ごめん、生徒会に呼び止められちゃって」

「政治研究部の活動報告の話か?」

「大体そんなところ」


 学校側に私たちがスパイであることがバレないよう、政治研究部という部活を立ち上げて隠れ蓑にしているのだが、生徒会には少々怪しまれている。無理はないだろう。考えるまでもなく、現在の日本情勢を考えれば政治について興味を持つ女子高生など異質な存在でしかないのだから。


 この国の政治体制はかなり特殊だ。明治維新で幕藩体制が崩壊し国家の確立を急ぐ必要のあった新政府は、地域ごとに治安維持や行政サービスを提供する企業・団体を募り、審査した上で免許を交付しそれらを委託する《私立政府制度》を導入した。以降、私立政府主導のもと様々なイノベーションが起こり、日本は世界第二位の経済大国にまで上り詰めた。しかし、力を強めていった大手の私立政府は領地の拡大を目論むようになった。それが日本情勢が混沌を極めている要因である。東京近郊の大手私立政府はMETROの仲介のおかげもあって提携が進み、ここ数年は大きな争いは起きていない。だが、東武政府と西武政府のように裏でやりあっている政府は少なくないと聞く。


「それで、誤魔化しは利いたのか?」

「ええ。適当に政治用語並べて早口で喋ったら去って行ったわ」

「はははっ、アタシらはすっかり政治オタクの変わり者だな」

「いいのよ、それで」


 スパイである以上、政治の話題は避けて通れない。であるならばいっそのこと政治に興味のある変わり者集団として認知されていた方が都合がいい。それが私たちの考え。


「で、今日の任務はだな……」

 希は厄介な任務の時はいつもここで一呼吸入れる。本人は気づいていなさそうだけど。

「何? また面倒な任務?」

「ああ、ちょっとな」

 ここでもまだ言わない。これは相当厄介なのだろう。

「いいから言って」

「……西武政府とMETROの会談に潜入して内容を盗聴しろ、とさ」

「そういえばその会談、今日だったわね」


 METROは池袋の安定を維持する為、三ヶ月に一度のペースで東武、西武両政府と三社で会談を行なっている。しかし前回の会談から一ヶ月あまりしか経っていない今日、METROは西武政府と会談するらしい。西武政府側が持ちかけたという時点でかなり怪しい。


「要するに西武が何を企んでいるのか探れってことね?」

「ま、そういうことだろうな。全く、リバティの連中も人使い荒いよなぁ」

「でも、私たちはこれしか生きる道は無かった。愚痴を言いたい気持ちも分かるけど、私たちはむしろ感謝しなきゃいけないくらいよ」

「朝霞の言う通りだな。リバティが拾ってくれなきゃ、アタシらは路頭に迷ってたんだ。文句言ってる場合じゃないよな」


 そう、私たちはリバティに拾われたから今こうやって生きていられる。もしそうでなければ、良くてホームレス。最悪死んでいたかもしれない。それくらい生活に困窮していた。


「会談の場所は?」

「サンシャインシティの会議室だ」

「じゃあ、職員に変装して従業員通路から行きましょう」

「そうだな」

 私と希は、サンシャインシティの方へと歩き始めた。




 私は嘘しかつかない。嘘をつかなければ、あの子を救えないから。

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