20210807:アンノウンの正義
【第174回二代目フリーワンライ企画】
ぐるぐる回る
一発逆転
ヒーロー願望
手の届くところ
アンノウン
<ジャンル>
オリジナル/少しSF
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「聞いていない」
「今言った」
ボスは座ったままで俺を見上げる。俺は重厚なデスクに書類を叩き付け、覗き込むようにボスを睨む。
「聞いていない!」
「結局用途は同じだ。どこの誰が動かすか、そこが違うだけだ」
国からの発注の極秘プロジェクトだった。使用者はもちろん『国』――軍を想定していた。開発は難航したがどうにかリリースにこぎ着けた。あとは使用者へのトレーニングを残すばかりだ。
そして国は、このプロジェクトの遂行を外注することに決めたのだ。
「そのどこかの誰かは、悪名高き戦争代行屋なんじゃないですか!」
だからどうした。ボスの顔にそんな文字が浮かんで見えた。
簡単に言えば無人戦闘機械だった。
高度なAIを備え、マニュアルでの遠隔操作も可能なロボットだ。
オペレーションには専用OSを使用するが、ハードは一般パソコンで事足りる。
地上無線通信システムと、軍事用衛星、民間衛星通信システムの機能も備えており、最新独自の暗号化システムを使うことで、一般回線を利用しても盗聴・漏洩の心配はほぼないと言う物だった。
想定されたユースケースは、人道支援。町中でのテロリストの排除だ。
戦闘員を見分け、戦闘員のみを殺すことなく無力化する。AIの学習を俺はこだわりを持って担当した。
そして国は。世論と予算と人道支援の名の下に、戦闘の外注を決めたのだ。
*
出荷を止める権限を俺は持ってはいなかった。業務用マシンの画面の中で出荷状況が刻一刻と変わっていく。
ボスはあれから何も言わない。俺も噛みつくことを辞めた。同僚達は慰めとも諦めとも取れる言葉をかけていくばかりで、何もしない。
俺は苦いコーヒーを飲み下す。
行き先は早速、代行屋の基地で、そして、我が国が介入を決めた遠い外国のある都市だ。
俺はサブ端末のパッドをいじる。SNSにコメントが流れる。
――また空爆だ。夜も寝られない。
――隣の通りで銃撃戦があった。市場が壊滅した。
――食糧が手に入らない。インフレが酷い。
――学校に行きたい。
人々の声が流れてくる。
*
ニュースでは正義の介入が報じられた。
テロリストは悪。民主主義を掲げる政府は力なくとも正義の側で、軍は正義を掲げて外国の介入を受け入れている。
武器は民主主義諸国のもの。何カ国もの軍隊が駐留し、戦車も戦闘機も無人偵察機も何もかも、手の届くところの『戦争物資』はメイドイン諸外国だ。
俺はヒーローにはなれそうもない。いっそノーベルほども画期的なら話はきっと違っただろうか。
俺は画面にインターフェース仕様を並べる。
息を吸う。
このシステムは一般的なスペックのパソコンからも操作が可能だ。
インターフェースが特殊なだけで。
*
SNSの投稿は、ぐるぐる回る犬のような機械を映し出している。
投稿者のコメントには、『?』マークが踊っている。子供が指さし笑う様子も見て取れる。
武器を携えたテロリストの戦闘員らしき人影は、時折マシンガンを鳴らしている。
犬のような機械はその音へは反応しない。
さっきから電話が鳴りっぱなしだ。取り次いだ後輩はうんざりした様子でボスの番号へ回している。
同僚はうんざり顔でweb会議を支度している。
業務用のチャットには、ログやらデータやらが飛び交っている。
――正常なデータにしか見えないが。
――アンノウンのIDは、割り込みなんじゃないのか?
――ハッキング? どうやって。
――一般回線からの正常アクセスのように見えるが。
サブサブ端末の片隅にアプリケーションのダウンロード状況を表示される。
宣伝も無くある日突然アップされたゲームアプリは、じわりじわりとダウンロード数を上げている。
『犬』に似たロボットを制御して、犠牲を少なく戦闘を終わらせるという、単純なゲームだ。
『敵』は戦闘の意思を持つ者全て。敵も味方もゲームシステムは提供しない。故意の殺傷はゲームオーバー。人命救助は加点対象。
*
俺の信じた正義が正義とは言えない手段を正義だと言い張るのなら、それはもう、俺の正義とは言えない。
一発逆転の手段を俺は持ち得ない。一研究員にそんな力も技術もない。
ただ、開発責任者として願うだけだ。
押しつけでない正義が、more betterの結果を引き寄せられますように。
*
「お先に失礼しまーす」
俺は何気なく退社する。もうアパートメントは引き払い済み。荷物は駅のロッカーの中。
そのまま行方をくらますつもりだ。
そのうち誰かが俺の『間違った正義』に気付くだろう。
そのとき俺はunknownな誰かになって、ぐるぐる回る正義の渦中にいるだろう。
空と地の狭間(最新公開) 森村直也 @hpjhal
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