20210717:朝顔トランスポゾン
【第171回二代目フリーワンライ企画】
ピントのずれたこたえ
「なんでもやってみることが大切だぜ? 」
教室のカーテンの裏で
作戦大成功
朝顔
<ジャンル>
オリジナル/現代
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花びらの形が細かったり裂けていたり。色の入り方均一だったり偏っていたり。
葉の形、斑の入り方、花の付き方、蔓の様子。
ホワイトボードに張り出された写真を示して君は言う。
変わり朝顔。
簡単に変わってしまうその魅力を。
盛夏の風が吹き抜ける。カーテンがふわりと舞う。
君は構うこと無しに、マーカーをきゅるきゅる鳴らす。
風は気圧差が生んだエネルギーで。熱は太陽がもたらすエネルギーで。
音は分子を揺らすエネルギーで。
エネルギーは熱を運び、場を揺らす。
「朝顔を揺らしたら変わり朝顔になったりするの?」
「なるかも知れないし、ならないかも知れない」
トランスポゾン。君はホワイトボードにそう記す。
「なんでもやってみることが大切だぜ? 」
変わらない笑みがその顔に浮かぶ。
一年生の教室のカーテンの裏で、密かに朝顔を育ててみる。
理科室の骨格標本の肋骨の内側に、朝顔の種を仕込んでみる。
音楽室の木琴の裏に、家庭科教室のミシンの中に。朝顔の種をおいてみる。
「変わると思う?」
「変わるところが楽しいんだ」
ピントのずれたこたえの応酬。調子はずれた打楽器の声。
音はエネルギー。エネルギーは物体に作用する。物体は振動する。振動すれば変わっていく。
「変わっていくものなの」
「変わらないものなんてないさ」
振動するから、変わっていく。
変わらない笑みが口元に浮かぶ。
芽が出て双葉が開いていく。
本葉が開き、蔓が支えを求めて彷徨う。そんな鉢が一つ二つ三つに四つ。
立ち止まれないから思い切った。変わっていこうと賭に出る。
蔓無しの一株に君は心を奪われている。音の振動のエネルギーのその結果か。
「作戦大成功。他の株が楽しみだね」
君は変わらない笑みを浮かべる。朝顔へ向けて、とびきりの笑顔で。
きっと誰も知らない朝顔の花をその脳裏に思い描いて。
先割れの細い花びら。白い斑入り。
数多のつぼみと。
力強い大きな葉。
変わり朝顔。変わった朝顔。変わっていく朝顔。
だから。
ピントのずれたこたえのエネルギーが溜まっていった。
やってみることが大事と君は言った。
教室のカーテンの裏から。理科室の骨格標本の肋骨の内側から。
木琴の裏から。ミシンの中から。
僅かなエネルギーの積み重ねが、私のトランスポゾンを動かしていく。
変わろう。
長かった髪を切る。前髪を上げる。色つきリップを薄く引く。
君の視界の外側で。いつの間にか、あっという間に。
朝顔のように。朝顔とは違う形で。
「これ、綺麗だと思わないか?」
「朝顔の花は綺麗だと思ったら、萎れちゃうんだよ」
君が気付くとき、『私』はもう、そこにはいないのだ。
「新しい私を、ありがとう」
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