20210619:もう一つの顔で、ずっと
【第168回二代目フリーワンライ企画】
携帯のカメラ
もう一つの顔
近頃見かけない
音がうるさい
あんなに仲が良かったのに
<ジャンル>
オリジナル/現代・ホラー風味。※書いただけ御の字
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あんなに仲が良かったのにと同情顔を向けられて、私は精々辛そうな顔を作ってみる。
喪服の代わりの冬服は暑くて、けれど二の腕の出る夏服はまだもう少し着たくなかった。
腕にはまだ生々しい傷がある。アナタがつけた傷がある。
写真のアナタは楽しそうに笑っている。クラスの中の人気者、みんなに好かれるちょっと間抜けな学級委員。そんな肩書きそのままに。
私はうつむく。結わえないままの長めの髪が、緩みかけた頬を隠してくれる。
私は心の中では笑っていた。忌むべき加害者に感謝した。
私以外にアナタの、もう一つの顔を知る者はない。
携帯のカメラを無理矢理向けて、二人並んで自撮りされる。
付き合ってと呼び出されては、双子コーデだゴスロリだなどと興味のもてない服ばかりを買わされる。
宿題やろうと押しかけてきては、わたしのノートを丸写し。わたしが写したかのように周りに言っていたこともある。
親友だから。アナタは言った。わたしは視線を逸らして聞こえていないフリを続けた。
だから、 近頃見かけないわねとささやかれて、私は、精一杯の憂顔を作ってみせた。
心の中の本当の顔が見えたなら、もう一つの顔はきっと笑みを浮かべている。
事件だとか、事故だとか、世間は少しの間、賑わった。
事件かもね、事故かもね。真実を知っているアナタは白い花の中で永遠の眠りをむさぼっている。
わたし漏れ出てしまう笑みを長い髪の向こうに隠す。
世間はまだ、真相には辿り着かない。
音がうるさい。わたしはヘッドホンの音量を上げる。画面の中から友人が怪訝な顔をよこしてきた。
何でもないの。怒鳴るようにわたしは言う。音量がどうにも調節できない。
ひっきりなしに家が鳴る。ドアがきしむ。窓が鳴る。隣からは壁が叩かれて、上の部屋の足音がうるさい。
――ねぇ、夏希。ねぇ、夏希。
耳元で声がする。ヘッドホン越しに声がする。
――わたしは逃げなかったでしょう? ずっと一緒と約束したもの。
――怖いならわたしと同じ恰好をすれば良い。そうすればきっとアイツは夏希を見つけられない。
アナタは優しい。アナタはわたしを信じている。あの時のわたしを、あの頃のわたしを。
優しくて傲慢でわたしを見ようともしない。
わたしに出来たもう一つの顔を、アナタは知ろうともしなかった。
――ねぇ、夏希。ねぇ、夏希。
耳元で声がする。オンライン会議のカメラを消してわたしはついつい薄く笑む。
ねぇ、藤花。死霊ごときが怖いと思う?
二の腕のアナタにつけられた傷を探る。焼かれたからって、決して消えたりしないのに。
ケロイドの下の逆さ十字をなぞってわたしは笑みを漏らす。
――ねぇ、夏希。ねぇ、夏希。なんで、どうして、だってあなたはあの時に。
焦ったアナタの首筋はほどよく冷えて震えていた。梅雨時の汗ばみべたつく細い首へわたしはそっと舌を這わせた。
――ねぇ、夏希。ねぇ、夏希。いつから人でなかったの?
いつだと思う? 声には出さずわたしは返す。わたし以外の人に向けたもう一つの顔を失ってしまった、死霊のアナタに。応えは返らないと知りつつも。
――ねぇ、夏希。ねぇ、夏希。わたしの夏希、可愛い夏希。わたしだけの、大事な夏希。
そうね、わたしは唇を嘗める。アナタの味を思い出す。
アナタのわたしを庇う優しさが、愛情でないと知ってしまった時からかしらね。
支配されるもう一つの顔を持つなら、いっそ。
血を抜かれたアナタは朦朧として、歩道を踏み外し川の中へと落ちていった。
自室を抜け出していたわたしは、気付かれないよう、監視カメラにも映らぬようにそっと戻っただけだった。
――ねぇ、夏希。ねぇ、夏希。わたしの夏希、可愛い夏希。わたしだけの、大事な夏希。
ねぇ、藤花。
想いだけが残ったアナタと、踏み越えてしまったわたし。
わたしたちはずっと一緒。
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