44 「過去形なことが全て語ってるよ」

「他にもある情報筋から他殺だと有力な証言を得ていてさ。ラウルが父上達を殺した、というのは、確実な証拠はないにしても限りなく事実に近いことなんだ」


 一通りの話を終え、一度息をついた。

 静かになった部屋に、複雑そうに顔をしかめていたアレックスの絞り出すような言葉が零れた。


「……俺の先輩も伯爵に殺されたってことですか」

「僕はそう考えている」


 アレックスの呟きに応じるように頷く。


「伯爵が、どうして。レイモンド様には冷たい方でしたけど、セオドア様には本だってくれてた時もあったじゃないですかっ」

「過去形なことが全て語ってるよ」


 チラリと姉の表情を盗み見ると、昼の段階で幾らか察しが付いていたのかそこまで驚いてはいなかったが、落ち着き払った表情に僅かな怒りが滲んでいた。


「僕は父上や兄上、大勢の使用人を殺し、おそらく僕も殺してユユラングを乗っ取ろうとしているラウルが許せない。……だからラウルに刃向かおうと思うんだ。父上達を殺したことを王に示せれば、ラウルはまず裁かれ、王は王で犯罪者を捕まえた褒美をくださるだろうね。それでユユラングの税も免除して頂けるはずだ」


 机から離れ、全員の顔が見渡せる位置に戻り、一人一人の顔を見た。税が免除できると聞き、ジャックの口元が緩んだ。


「そこで僕が信頼している君達に証拠集めを頼みたくて、こうして集まってもらったわけだ」


 誰かが唾を飲み込む音が耳に届く。

 何かを考えていたジャックが、こちらを見てハッキリと口を動かした。


「俺は裁判とかそういうのは分からないんだが……その情報筋に証言台に上がって貰えば済む話じゃないのか?」


 当然突かれると思っていた疑問が胸に刺さる。でも出来れば触れてほしくない話題だ。


「……その人は僕等に関わらないことを前提に打ち明けてくれたんだ。これ以上は巻き込めない。その人の名前が出せない以上、調子のいい話に聞こえるかもしれないけど、信じてほしい」


 ふぅん、と門番はどうでもよさそうに頷いた。

 理由があってここにいる以上、ジャックにとって細かいことはなんだっていいのかもしれない。


「セオドア様は慎重な方です。確たる証拠もないのに動いたりはしませんから、そこはもちろん信じます。ただ、あの……ジャックさんは信用に足る方と言えるのですか? 昨日城のお勤めを始められたばかりの方ですが」


 言いづらそうにアニーが呟き、つまらなさそうに唇を尖らせる。その表情には、幼い頃から自分に頼られてきた乳母姉の微かな嫉妬が滲んでいた。

 幼馴染みらしくない言動に虚を突かれ、瞬きを繰り返し言葉をなくしていると、面倒臭そうな少年の声が上がった。


「俺はこいつに家族の未来を脅されてるんだよ。そういう意味で信用されてんの」

「あっ、申し訳ありません……」


 自分の言動を恥じるように背筋を正したアニーが、済まなそうに頭を下げる。


「セオドア様、たまに人のこと脅すよなー俺も昨日……」

「うわ、アレックスもかよ」


 姉の感情をこれっぽっちも察していなさそうな弟が、声を弾ませて感心していた。ジャックもそれに乗っかって返す。

 これ以上三人を喋らせていたら大変なことになりそうなので、自分も気を取り直して声を張る。


「とにかく! ジャックは港とか、色々なところで仕事をしてきたんだろ。港を中心に父上達の船に間者がいたかを調べてほしいんだ。アレックスはジャックに付いて。あちこち動くことになるだろうから移動の面も手伝ってやってくれ。馬は好きに出していいけど、目立つのは避けたいから馬車は使うなよ。」

「アレックス・ノレ、了解です!」


 御者の少年は頷き、早速動くかと門番の少年に視線を向ける。

 その横顔はいつも以上に真剣だった。


「アニーは仕立て屋や細工職人を中心に、服やこの短剣のことから調べてほしい。夜に動いたりクオナに行くことがあるなら、一人で動くのは危険だから誰か騎士に付いて貰って。アニーも馬は好きに出していいから」

「はい」


 指示を受けた女中は、内容を反芻するようにゆっくりと頷いた。御者の姉であるアニーは、馬車を引くことはできなくとも馬を操ることは容易にできる。


「僕は明日クオナに行くことになってるけど、何か見付けたら叩き起こしてでも教えてほしいんだ。ラウルも養子をすぐに殺したりはしないだろうけど、交渉の場には武器を持っていきたいから」

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