45 「使者並にお前の信頼が問われる部分だろうな」
最後の指示を述べ終え、気付かぬ内に浅くなっていた息を指先に届けるように深く吸う。自分が喋らなくなるなり、椅子に座っていたジャックが床に音を響かせて立ち上がる。
「んじゃ行くか」
顎で促されたアレックスは、体の向きを変えて門番と並んで扉の前に立つ。
「じゃ、失礼します。明日お会い出来るか分からないので……気をつけてくださいね。俺がいなくても上手くやってくださいね」
弟を置いて遠征軍に参加する兄のように心配され、くすりと笑う。このような心配をされるほど、今の自分は脆くないつもりだ。
「お前もな」
口元に笑みを浮かべながら言うと、乳母兄弟は安心したように笑い、先に出たジャックから扉の向こうに姿を消していく。少年とはいえ男が二人も居なくなると、部屋には穴が空いたような寂しさが生まれる。
最後の一人になったアニーがこちらに向かってきて、自分の横に並んだ。メイドキャップに収まっていない髪が動きに合わせてふわりと揺れた。
「私も明日お会い出来るかどうか。クオナに着いていけなかったら申し訳ありません」
「気にしないでよ。使用人はアニーだけじゃないんだ、どうにでもなる」
姉のような幼馴染みを安心させるように胸を張って言うと、いつの間にか背が伸びていた弟に初めて気がついたかのように、アニーは目を開いてこちらを見上げた。
「……そうですね、申し訳ありません」
ひとしきりこちらを見上げてから、アニーは微かに頷いた。頷いた後、昔のことに思いを馳せているような目の細め方をした幼馴染みがこそばゆく、どこか急ぎながら机に置いたままの短剣を手渡す。
「ほら、これ。お願いね」
「了解しました。では私も失礼致します」
渡された短剣を飴細工でも持つかのようにそっと受け取り、女中は頭を下げて部屋から出て行った。
今までいた人が出て行った部屋は驚いてしまう程広く感じるが、幽霊は部屋にいるはずだ。
身体の向きを変えて窓際に視線を向けると、思ったようにそこには白髪の少女が立っていた。
何も言わずこちらを見ている表情は、上質な料理を食べた後のように満足げだった。
「お疲れ様」
ゆっくりとこちらに近付いて来る少女の声が聞こえる。
「ひとまずこれで今出来ることは終わりだ」
「後は明日、ラウルに会うだけか」
「うん。……明日の準備をしないとなあ……僕、あんまり貴族っぽい服を持ってないんだけど、さすがに明日はそれなりの格好をしないとまずいよね」
あまり服の入っていない棚に視線を向けて苦笑う。
年に数回も着ない服は棚の中に眠っているはずだが、夏用の物はあっただろうか。それが心配だ。
「使者並にお前の信頼が問われる部分だろうな」
棚を開け、奥にしまっていたジュストコールと呼ばれる裾の長い上着を取り出す。
爵位が欲しくばまずジュストコールを手に入れろ、と言われるくらい貴族には欠かせない服だ。百年ほど前から流行り出したこの服は、当初王都でしか着られなかったが、月日を追うごとに北方でも着用されるようになっていった。
手に広げたジュストコールの裏地には防寒対策の毛皮が使用されており、使用されている布も厚い。
今から仕立て屋を訪れるか、とどうみても冬物の服を前にだんまりを決め込んでいたが、ふと思い出して言い訳のように呟いた。
「父上の服を借りるかな」
「……そうしろ」
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