43 「アレックスが楽しそうだしいいよ」
咳ばらいをした女中が、こちらを見ながら尋ねてくる。
「ジャックには少し話したんだけど、三人にやってほしいことがあるんだ」
話をしている最中、黒い制服を来た門番がとことこと部屋を横断し、自分が普段使っている木製の椅子に腰を下ろした。
自室を横切るジャックを目で追っていたセオドアとしては、ここが自分の部屋でもあるかのような門番の立ち振る舞いに少し感心してしまった。
「お前何座ってるんだよ!」
アレックスが咎めるような声を上げたが、ジャックが気にした様子はなかった。
「俺一日立ちっぱなしで詰所でも座れなかったんだ。いいだろ」
「あー……セオドア様には断っておけよ」
城に勤め始めた頃のことを思い出したのか、アレックスの目に微かな憐憫の光が宿った。許しを得た門番がこちらを見て、断りだとばかりに目礼をする。
「も、申し訳ありません……!」
そのやり取りを見たアニーが、先程よりもいたたまれなさそうに頭を下げてくる。こんなアニーを見るのは何年ぶりだろう。
「アレックスが楽しそうだしいいよ」
おかしくなって声を出して笑う。
一息ついてから、全員の顔を見るべく部屋に視線を巡らせると、窓際にもたれ掛かり話を聞いているリリヤの姿が見えた。リリヤは歌うこともなく静かにしている。
「で、話なんだけど、まずこのことを知っているのはこの四人だけにしてほしいんだ」
自分の声の調子が低くなったからか、アレックスの表情が僅かに固くなった。
背筋を伸ばし、話に耳を傾ける準備を始めている。
「父上達を乗せた船の話だ。あの船は難破したって僕等は思っているけど、そうじゃない可能性が出て来たんだよ。クオナのラウル領主がユユラングを潰そうと難破を仕掛けてきた可能性がね」
「えぇっ!?」
話を聞いたアレックスの口から、数年前中庭で火事が起きたことを聞かされた時と同じ声が洩れた。
「そもそも僕等は誰も船が難破したところを見ていないわけだから、本当は船に火を放たれていたとしても分からない。こんなことを思うのも、難破の知らせを僕達に教えてくれた使者に不審なところがあったからなんだ」
使者という単語を耳にし、俯きがちだったアニーの顔が僅かに上がる。
「使者の対応をしたのはアニーだ。上質な皮の服を着て、馬に乗っていたからどこかの使者で間違いないだろうとアニーは思った」
アニーを見ながら確かめるように言うと、金髪の女中は首を縦に振り、自分の話に補足をするように口を開く。
「その方は報と一緒に、ユユラングの紋章が刻まれた短剣も渡してくれました。なんでも漁村に上がった遺体の懐に入っていた物だそうで、短剣があったからこの遺体はユユラングの者だと分かったそうです」
アニーが説明をしてくれている間、ジャックに断りを入れ、机の引き出しにしまっておいた真新しい短剣を取り出した。それを三人に見せるように掲げる。
「これがその短剣だ。王都に行く前に新品を調達したって言われたらそれまでなんだけど、こんな細工の短剣はすぐに作れる物でもある」
自分の手からスルリと短剣を引き抜いたジャックが、短剣を見てぽつりと呟いた。
「これみよがしに彫ってあんな。気付いてくださいって感じだ」
「鳥の水を入れられそうなくらい大きいよね」
ジャックの言葉に同意し、手に戻された固くて冷たい短剣を握りしめる。
「この使者とクオナに繋がりがあると気付いたのは、今日の昼、門前までラウルが来たときだ。アニーが気付いてくれたんだけど、今日のラウルとその使者は着ている服が同じだったんだ」
服が同じだとどうしてそうなる、と唸るジャックに、使者の身元の保証方法について簡単に説明をする。説明を受けたジャックは、そんなの最初から知っていたとばかりに鼻を鳴らし、自分から顔を反らした。
と、話を聞いていたアレックスが目に涙を溜めて、でも、と口にする。
「姉さんの記憶力が凄いのは身をもって知っていますけど、同じ服なんてこの世界に七着はありますよー……」
「それが皮のシャツでも?」
隣に立っていた姉がむすくれながら反論をし、弟は肩を縮こませて口を閉ざした。
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