42 「詳しくは夕方、僕の部屋で」
「それだけのことなんだ」
ふぅん……と鼻を鳴らし、ジャックは詳細を促すようにこちらを見やる。
どうやら頼みを聞いてくれる気になったらしく、ほっと息をついた。
「詳しくは夕方、僕の部屋で」
「あんたの部屋ってどこ? 俺が近寄ってもいいのか?」
門前から城を見上げたジャックが尋ねてきたので、自分も顔を上げる。
「この位置からはあんまり見えないけど、東棟の四階。アレックスとアニーと来れば大丈夫だよ、彼女らも呼ぶつもりだから」
こくり、と少年は頷いた。
「分かっているとは思うけど、この事は誰にも言わないでね」
「脅されて分からない程俺は馬鹿じゃないから安心しろよ」
気を損ねたように眉を顰めた相手に苦笑いを浮かべ謝罪し、それじゃあと挨拶をして詰所に紙を戻しに行く。
ちょうどリリヤがクオナに入ったのか、脇腹がずしりと重くなる。紙を返して中庭を進み、もう一度息をついた。
夕方、ジャック達が自分の部屋を訪れるまで、気持ちを落ち着かせるように窓際で本に触りながら、雨が降りそうな空をじっと見ていた。
途中アニーがシーツを交換しに来てくれたが、夕方ジャックとアレックスと一緒に部屋に来てほしいと言ったこと以外は、よく覚えていなかった。
灰色に変わりそうで変わらない暗い空を見上げる。
「セオ」
ふと少女の声が聞こえ、うたた寝を起こされた時のようにビクリと体が跳ねた。
「へあ!?」
何が起きたのか確かめるべく勢いよく辺りを見渡すと、机の前に白髪の少女が立っていた。
自分の反応が面白かったのか、肩をくつくつと揺らしている。
「動揺しすぎだ。私が帰って来たことに気がついてなかったのか?」
笑みを浮かべたままリリヤは言い、正面に立つ。
「気付いてたらこんなに驚かないよ……」
未だに騒いでいる心臓が落ち着くのを待ってから、口を再び開いた。そういえばもう結構な時間が経っている。
「クオナの館、どうだった?」
尋ねると、それまでは唇の端を持ち上げていた少女の表情から快活さが消えた。
不機嫌そうに唇を尖らせ、神妙な声で呟く。
「ちょうどラウルとエレオノーラがその件について話していたのを聞いた。私が見た光景と同じ話をしていたからな、嘘ではない。見付かってはいないと思うが、相手だって幽霊だ。あんまり頼るなよ」
部屋の様子を思い出したのか、リリヤの表情がどんどん険しくなっていく。
「分かってるよ。後は間者との書状とかがあればいいんだけど」
「うん、ラウルを締め上げようと思うなら必要だな」
「人間にも見える証拠、か……」
自分よりもずっとどっしり構えているリリヤを見ていると、本当に大丈夫なんだろうな、という気になってくる。
「失礼します」
話が途切れた時、ちょうど扉を叩く音とアニーの声がした。おっ、と思い扉の方を向く。
「この件に協力してほしくて呼んだんだ」
小声でリリヤに説明し、はいと返事をする。
一拍後扉を開けて部屋に入ってきたのは、女中服を来た幼馴染みだった。
後ろには彼女の弟が続き、少ししてから地方から出てきた青年のように物珍しそうに部屋を物色しているジャックがやってきた。
「な。セオドア様の部屋は物ないだろ」
同い年の少年に兄貴風を吹かせているアレックスが、どこか誇らしそうにジャックに説明する。
「だなー。こいつ他にも部屋あんだっけ? こんな何もない部屋、人間は生きていけないだろ」
「こら、静かにしなさい」
内緒話のつもりなのか、三人はよく響く声を潜めてぼそぼそと会話をしていた。
アニーには苦労をかけていそうだが、使用人の中でも若いこの三人の仲が良さそうで目元を和らげる。
「さ、騒がしくて申し訳ありません……。で、なんでしょうか?」
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