41 「悪人を牢屋にぶちこむための仕事だよ」
はい、と男性は頷き書状を纏めた物が納められている木箱を開け、一番上の紙を取り出した。
礼を言って渡された紙を受け取る。草木を加工して作られた紙は固く、緑の絵の具を垂らした泥水を薄めたような色をしていた。
「では」
両手で紙を持ち、内容に目を通しながら詰所を後にする。
紙には名前を始め村名や家族の名前がたくさん書かれていて、麓の寒村に住んでいることや自分より一つ下なことを初めて知った。仕事欲しさに大袈裟に言ったのかと思っていたが、本当に妹が七人いるらしい。
「前を見て歩かないと落ちるぞ」
紙を見ながらジャックのいる跳ね橋の近くまで歩いていくと、少年の声に呼び止められる。
足を止めて声がした方へ顔を向ける。視線の先には黒髪の少年がいた。
「こんにちは。見張りの仕事、ちゃんとしているみたいだね」
「クオナ領主まで止めちまったぐらい努めてるよ」
苦虫を噛み潰したような表情で言われ、新兵しかやらない間違いを犯した自分を情けなく思っていることが読み取れた。
小さく笑みを浮かべ、緑色の瞳を見る。
「ジャック、あのさ。君に仕事を頼みたいんだけど。報酬は成功したら払うことになるんだけど…」
仕事と耳にした瞬間、こちらを見る目が雇い主を見定めるような目に変わった。
「なんの?」
その瞳の色の変化に気付き、緊張を悟られないように唾を飲み込んだ。
「悪人を牢屋にぶちこむための仕事だよ」
詳細を聞いた瞬間、ジャックの眉がぴくりと顰められる。
このタイミングでこんな話をされたら、気が付く人は気が付くのかもしれない。
「危ない話になると思うから、詳しくは君が受けてから話すことになるんだけど、どう?」
「詳細も聞かされてないのに、そんな臭う仕事を受けるかよ」
「だよね」
最もな返しに力なく笑う。
言えないような仕事をやらないかと言われたら、十人中十人が首を横に振ると思う。
「だけど、どうしても君に受けて貰いたいんだ。君以上に適任はいないと思っているから」
こちらを見ていたジャックの目が探るような色合いに変わる。僅かに興味を示した少年を見て僅かに唇を歪めた。
「これ以上は受けてくれたら話すよ、口外されたくないんだ。どうだろう、僕に忠誠を捧げる気で受けて貰えないかな」
少し考えるような間があった後、ジャックの視線が自分から外される。
「気にはなるけど、そんな霧みたいに正体の分からない仕事は受けられない。……失敗したら死ぬとかだろ、それ。家族がいる人間に持ち掛ける話じゃないな」
こちらを見ないジャックは仕事を受けないと言っている。
こうなるだろうとは思っていたが、いざ少年の反応を目の当たりにすると、このまま失敗するのではないかという不安がこみ上げてくる。
不安を誤魔化すように自分に活を飛ばし、先程借りた履歴書を少年の前に差し出した。
「どうしても、って言ったよね。察しの通り失敗したら僕が死ぬやつだから……僕もこんなのを用意したんだ」
雪にも負けず生えて来る力強い植物に似た緑色の瞳が、自分の手元を映した。
字が読めないジャックは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、見覚えのある紙に合点がいったのかすぐに唇を引き締めた。
「城で働くって言うのはお金になるし安定はするけれど、日雇いの仕事と違ってちゃんとした人ってのが条件になってね。こういう物が必要になるし、君の家族だって簡単に調べられるんだ。それはさっき口上で述べた君が一番分かってるんじゃないのかな」
肩に凭れさせるように抱えていた槍を掴み直す姿が、海の真ん中で藁を掴む様を彷彿させた。
視線を揺らした少年は、唸り声に似た低い声で続きを促す。
「……で?」
「僕は君が住んでいるところも、家族のことも知っているってわけ。そして僕は、この領地を管理している伯爵家の人間だ。僕の命令ならなんだって聞く従者もいる。仕事を受けなかった君や君の家族を苦しめることが可能なんだよ」
考えていた文章を言い、最後に紙を再びジャックに見せると、暫くして諦めたような溜め息が聞こえてきた。
「領主様が領民を脅していいのかよ」
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