40 「……僕は僕の人生を蹴りたい……」
「もうちょっと計画を煮詰める。その上で協力者が必要なら当たってみるつもり」
石壁の先に透明な道があることを知っているかのように、臆することなく壁際に立った少女の後ろ姿に言う。
「そうか、なら任せたぞ」
背中を向けているリリヤには見えないだろうが頷いた。
「うん」
ちらりとこちらを見たリリヤは、共犯者にしか通じない不敵な笑みを浮かべていた。そして滝の向こうの洞窟に行くかのようにすっと壁をすり抜けていく。
「……よし」
リリヤがクオナに行くということは、また脇腹の違和感と闘わなければいけない。セオドアは自分を奮い立たせるように小声で呟いた。
ラウルの秘密を暴くには、父や兄を殺害したという証拠が上がればいい。
となると早速協力者を見付けなければいけない。幽霊が関係した証拠なんて、誰も信じてくれないだろうから。
だが、ここで問題が生じた。
自分が最も信頼している人物に頼もうとなると、真っ先に思い浮かぶのが、乳母兄弟であるアニーとアレックスだ。
二人しかいない。
公務には熱心ではなかったため、他に信頼の置ける使用人も思い浮かばない。せいぜいがセルゲイくらいだが、老体にこんな仕事は無理だ。
「……僕は僕の人生を蹴りたい……」
早速行き詰まりを感じ、頭を抱える。使用人の名前もろくに覚えずに、本の中身ばかりを覚えてきた人生を嘆いた。
嘆いてばかりもいられないので頭を切り替え、範囲を広げて考えた。
誰か……と思うと、先程見たジャックの顔が思い浮かぶ。年若い門番は港で働いたこともあるらしい。それになにより、こういう時のために城で働かせた少年だ。
自分には想像もつかない方向から証拠を固めてくれそうで、いい案に思えた。
だけどジャックは、使用人と言うより一領民だ。
城で働くようになったとはいえ自分に忠誠を誓ったわけでもない。
そんな彼にこんな話を持ち掛けるのはどうなのだろう。誰かが裏切ようものならこの話は途端に水の泡と化してしまう。
ただ危惧はあるものの、ジャックはそれ以上に得のある人間だ。家宝をあっさり売り渡す少年。やり方によっては頷いてくれるだろう。
ジャックを仲間に引き込めないかあれこれ考えていると、脅迫とか嫌な案ばかりが浮かんだ。
けれど今はそれしかない。あまり取りたくないが、仕方ない。
「やってみるかあ……」
一度深い溜め息をついてから書斎を後にした。
静まり返った廊下を通り、階段を下りてまた少し廊下を通る。
中庭まで出ると、跳ね橋の手前で先程と同じように黒髪の少年が立っているのが見えた。
そのまままっすぐジャックの元には行かず、中庭を出たすぐ脇にある門番達の詰所に足を向ける。
「こんにちは」
詰所の中には、壮年の男性が一人いた。万年筆を手に日誌らしき物と向き合っている。
「あっ……こんにちはセオドア様!」
自分の存在に気付いた男性は意表を突かれたように目を見張り、座っていた椅子から立ち上がって挨拶をする。
「書き物をしている時に申し訳ありません。ジャックの履歴書ってありますか?」
「ジャックとは、今外で立っているジャック・オルセンのことでしょうか」
視線を跳ね橋の方向に向け男性はやや強張った声で返してくる。
城主一族が詰所を訪れることなどまずない。緊張しているのだろう。僅かに申し訳なくなって苦笑いのようなものが零れた。
「そのジャックです。ジャックは僕の紹介なので、履歴書なんてないかもしれませんが……」
「先程書かせた物ならあります。といっても、ジャックは文字が書けませんから私の字ですが」
「それ、ちょっと貸して頂けませんか? ジャックと見たいので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます