第五話 存在の証明
39 「湖畔の幽霊……か」
第5章 存在の証明
「具体的にはどうするつもりだ?」
指示を仰ぐ少女が顔を覗き込み尋ねてくる。
手伝ってくれる? と聞いたはいいものの、具体的な策が頭に思い浮かんでいるわけでもない。
「うん……」
言葉を濁し逃れるようにリリヤから視線を逸らす。
こういう時、物語の主人公なら機転の効いた策を瞬時に編み出すものだが、現実はそうも上手くいかないらしい。
「なんだ、具体的なことは決めていなかったか」
ふふと少女は仕方がなさそうに笑い、癖の目立つ長くて白い髪の毛先を弄り始める。
その笑い方に反応しそうになる気持ちをぐっと抑えて、落ち着こうと本棚に歩み寄った。
適当な本を一冊引き抜き掌に乗せる。本の重みには気持ちを落ち着かせる効果があるらしく、幾分か反応したくなる気持ちも落ち着いた。
「まぁクオナのことで質問があったら聞いてくれ。あそこの家系図や地形なんかはお前より詳しいぞ」
「その時はお願いするよ」
後方から聞こえる声に返事をすると、リリヤはもう喋らなかった。
静かな部屋の中、掌に重みを感じながら妙案はないかと頭を巡らせる。こちらがされたようにラウルを亡き物にしたら手っ取り早いのだろうが、それはラウルが最も警戒していることだろう。
ラウルには夫人も子供もいないので、人質を取る方法も意味がない。それにそもそも自分はユユラング伯爵家の人間だ。識字率が上がったこの時代に、蛮族のような真似はしたくなかった。
「はあ」
訃報を聞かされ弱りきっていた時よりも深い溜め息が零れた。
気を紛らわせるように持っていた本の題名を読み上げる。奇しくもそれはいつかラウルがくれた本だった。
「湖畔の幽霊……か」
「ん?」
幽霊という単語に反応したのか、すぐ隣までやってきた少女が小首を傾げる。
なにか言いたげだった幽霊は、自分が持っている本に視線を落とし合点がいったと頷く。
「この本の題名か。この本がどうかしたのか?」
「なんとなく手に取っただけさ。本に触れていると落ち着くんだ。ぐずる赤子に、食べ物を包んでいた布を含ませるといいって言うだろう? あれと同じだよ」
「……ふぅん、お前自分を赤子だと思っているのか?」
言葉尻を捉えたと目を細めてにやつく少女の相手を避けるべく、視線を紺の染料で染めた革で綴じられた本の表紙に落とす。貰っておいて申し訳ないが、内容が好みではなかったこともあり、この本は一回読んだっきりだ。
湖の近くにある公爵家の舘で、怪奇現象と共に殺人事件が起きる話。
とある使用人が、妹を公爵夫人に虐め抜かれ自殺に追い込まれたことを恨み、夫人の頭を斧で割るという内容だった。
伯爵家の人間として微妙な気持ちになったことをよく覚えている。貴族という人種はこのようにどこかで恨みを買っているものなのだろう。
貴族を裁く人は大変だろうな、と何気なく思ったところで、はたと目を見張り思い出す。
王が犯罪を何よりも嫌っていることを。
「ねえリリヤ?」
部屋から出ていこうとするアニーを呼び止める時のように、少女の名前を呼ぶ。
「こら、私の質問は無視か。で、なんだ?」
「ラウル……が人を殺した、って王に報告するのはどう?」
呆れたように笑うリリヤに尋ねる。隣領の伯爵に今までみたく、さんを付けるか一瞬悩んだが止めた。
「証拠もないのにか」
少女の瞳がどんどん鋭くなっていく。
「証拠ならあるよ。なにせ君がいるんだから」
「私に証拠を見付けろと? ふぅむ」
「頼んだよ。間者を使ったならどこかに資料が残っているはずだ。ラウルの部屋とかね」
リリヤは頬を持ち上げて、嬉しそうに悪態を吐き始めた。
「やれやれ、戻ってきたばかりなのにまたクオナに戻るのか」
「ごめんね。クオナに行くまでには見付けておきたいから」
「ラウルにもエレオノーラにも見付からずに? 難しいぞ、失敗するかもしれん」
「やらないよりいいよ」
喋りながらざっと道筋を組み立てていく。
明日まで、となると自然とやり方も限られてくる。
誰かに協力を求める場合は、信用の置ける者を探さないといけない。加えて噂の真偽は未確認だ。それでも命を懸けてくれる者だと有り難い。
「私がクオナを探している間、お前はどうするつもりだ?」
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