38 「頭を下げてお金を借りる気はなくなったよ」


 リリヤを盗み見ると表情を険しくしてアニーの話に聞き入っていた。

 すぐには飲み込むことが出来ず黙っていると、畳み込むように小柄な女中は続ける。


「セオドア様、私がトランプの順番を言い間違えたことがありますか?」


 視線を目の前の幼馴染みに向けた。

 なんでも覚えるアニーが面白くて、トランプを広げて数字を見せた後、裏返して言い当ててもらう遊びを昔よくした。その遊びでアニーが間違えたことは一度もない。城で働き始めてからも、彼女はなにかと父親に頼りにされていた。


「ないね、だから君の言いたいことは分かるよ。それだけに……少し考えてもいい?」

「あっ、申し訳ありません」


 目の前の女中はこちらの気持ちに気が付いたようで、罰が悪そうに俯いた。


「じゃあ、ごめん」


 挨拶をし、中庭からまっすぐ三階の書斎に向かう。階段を登りきるまでの間一度も振り返らなかったが、白髪の少女が視界の隅に着いてきているのが分かった。

 三階に上がると人気はなく、城内と言えど音はない。


「セオ」


 むっとしながら書斎の前まで行く。

 それまで音のなかった廊下に、自分にしか聞こえない声が響く。だがそれは自分の名を口にしただけで、それ以上の言葉は続かなかった。

 書斎の扉を開けて中に入り、背中を預けるように扉を閉めて天上を見上げた。


「父上達はラウルさんに殺されたんだ」


 書斎の中に入ってきたリリヤに向け呟いた。


「……どうしてそう思う?」

「アニーの話と君の見た光景を擦り合わせると、そうとしか思えないよ」


 改めて心の中で時系列をなぞっていく。自然と歯を食いしばっていた。


「ラウルさんはまず、税を届けに行くのに使う船に間者を紛れ込ませたんだ。クオナの圧政を考えると、自分の命を犠牲にしてでも家族を助けたい人は大勢いるはずだ。乗組員に間者を潜り込ませるのなんて、息を吸うぐらい簡単だったと思うよ」

「ふむ、その間者が火を放ったのか。乗組員だったら効率よく火が回る場所に火を放てただろう」

「だろうね。その後、ラウルさんの服を着た使者がユユラングに来て、君以外には嘘だと分からない情報を渡す。遺体が上がったって漁村が実在するかも怪しいよ」


 窓の外に視線を向けながら言うと、隣から唸り声が上がった。


「そこはどうなんだ? 遺体の一つぐらい上がっても不思議はない」

「たしかに不思議はないんだけど……。昨日、アニーに話を聞きに行こうとした僕に呆れて、君が着いてこなかったことがあっただろう」


 窓から視線を離し、隣にいる白髪の少女を映す。


「ああ、お前が私情に駆られたあの時か。なにかいいことでも聞いたのか?」

「聞いたよ。遺体の懐にはユユラングの紋章が刻まれた短剣が入っていて、紋章院に照合を頼んだ結果ユユラングの者だって分かったってね」

「ふむ。ラウルがやったなら大したでっち上げだ」


 一度頷く。


「見せて貰った短剣は紋章が入っていると言っても、彫刻が得意な人なら簡単に作れそうな物だったよ。僕に幽霊が見えるようになった直後エレオノーラさんが表れたのも、甘やかされた次男坊を揺さぶりにきたんじゃないかな。有利な交渉を持ち掛けたいなら、領主になるだろう人間の心を折るのは有効な手段だから」


 実際自分は幽霊を幻覚だと思い、逃亡までしかけた。クオナの計画はうまくいくところだったのだ。

 話を聞いていたリリヤがふむと神妙な顔で頷いた。


「そこまでしてあいつはレイモンドを殺したかったのか……嫌な話だ」

「うん。父上を殺したかったというよりも、ユユラングを乗っ取りたかったんだろうね。父上が憎い気持ちはあっただろうけど、ユユラングはクオナよりもなにかと恵まれているから。そうじゃなきゃ僕を養子に、なんて言ってこないよ」


 話をしている時、隣領の伯爵の顔が頭にちらついた。思い出すのはいつか港に来た時のつまらなさそうな顔だ。


「レイモンドとラウルは同い年だし、あいつが足を痛めたきっかけもレイモンドとの試合だ。思うところもあったんだろう」


 隣から聞こえる声はどこか弱々しい。気になって隣に視線を向けると、少女の顔には悔しさが滲んでいた。


「私が着いていながら情けないな。結果お前を一人にさせてしまって……済まない」

「君にできることは限られてたんだからいいよ」


 いつになく落ち込んでいる少女を励ますように言う。

 たしかに家族を一気に失くしてしまったことは辛いが、だからといってリリヤを責めることは違う気がした。なったことを悔いても仕方がない。

 救いを求める信者のように覇気のなかったリリヤの瞳が、こちらを見上げてくる。

 目が合ったので首を縦に振ると、暫くして少女の唇にいつものように不敵な笑みが浮かんだ。


「……で、お前はこれからどうするつもりだ?」


 家族を殺したラウルを相手にどうする?

 少女はそう言っているようで、リリヤから視線を外し前を向く。

 正面の棚に敷き詰められた本が視界に映る。質問にすぐには答えられなかったが、これだけは分かった。


「頭を下げてお金を借りる気はなくなったよ」


 安寧を願っている領民には申し訳ないが、ここまでされて大人しく言うことを聞けるほど自分は大人ではない。

 途中まではクオナに踊らされたが、自分が立ち上がったことは向こうも予想外だったはずだ。

 だから連絡を寄越さず時間を稼ぎ、先程会ったラウルも自分を牽制するように嫌味ばかり言ってきたのだろう。


「うん」


 少女が相槌を打つ。

 本に囲まれた部屋にいると、数多の試練に打ち勝った主人公達に背中を押されている気分になる。


「それどころか、こう考えてしまうんだ。クオナがユユラングを潰す気なら、ユユラングがクオナを潰しても仕方がないってね」


 肩を揺らした後、顎を引いて正面を見据える。


「クオナを潰す。……手伝ってくれる?」


 ハッキリと言葉にし、幽霊の少女に尋ねる。

 リリヤは一度何を今更、と長い付き合いの友人から改まった約束をされた時みたいにくすぐったそうに目元を緩ませて、頷いた。


「もちろんだ!」


 待ってましたとばかりに室内いっぱいに少女の声が響いた。

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