31 「はぁ、あいつめ、余計なことを……っ」
「うん、見えるぞ。ラウルと話したこともある。あいつ私が理想の女らしいぞ、特に私の歌声が好きらしい。ユユラングを嫌っているあいつが私は嫌いだけどな」
ラウルは結婚を嫌がって独身でいる。もしかしてそれは、こういう裏があったのだろうか。
リリヤは神も認める程可愛い。
だから幽霊である彼女に心を奪われる人間がいるのは、まあ当然かもしれない。ラウルが笑っている姿を見たことがないので、嫌われているらしい少女とどんな話をするのか皆目見当がつかなかった。少し頭が痛くなった。
「そ……そうなんだ。だったら君にお願いするのは悪くない話だね。頼んでもいい?」
「ふふん、任せろ」
羊の番を任されたかのように、少女は堂々と胸を張る。それに小さく笑って返事をした後独りごちる。
「僕も君以外の幽霊と話す日が来るのかなあ。なんだか想像がつかないよ」
「クオナと話す時、エレオノーラとは確実に会うと思うぞ。想像がつかないからって、驚いて腰を抜かすなよ」
リリヤはふふと楽しそうに笑い、こちらの顔を覗き込んで意地の悪い瞳を向けてきた。
「しないよ、多分。そのエレオノーラさんが首だけとかだったら自信はないけど」
赤色の瞳を見返しながら告げると、リリヤが馬鹿かと言わんばかりに睨んでくる。無言の否定に乾いた笑いを溢しつつ、それとなく話を切り出した。
「エレオノーラさんってどんな人? 会う前に心の準備をしたいから教えてよ」
「うん? ふーむ」
隣にいたリリヤから牛の鳴き声のように長い唸り声が漏れる。どう説明するか悩んでいるようだった。
「エレオノーラは……物凄く美人だ。だから面倒臭い。あいつとは長い時を生きてきたが、とにかく面倒臭い。男はみんな自分を褒めて当然だと思っているし、褒めない男には冷たい。セオも気をつけろよ」
話を聞いているだけで気が滅入りそうな幽霊だと思った。
自分が上手く接せられる相手ではなさそうで、指先で頬を掻いて苦笑いを浮かべる。
「あぁ後、幽霊というのはみんな、私みたいに白髪で赤色の目なんだ。分かりやすいだろう?」
今思い出したとばかりに話すリリヤの、フードから覗く白髪を映す。
「それ幽霊の制服だったんだ。……ん?」
一旦言葉を区切って記憶を辿る。
白髪赤目が幽霊だと言うなら、自分はリリヤ以外の幽霊を見たことがある。それもとびきり美人な幽霊をだ。
「ねえリリヤ。……多分僕、エレオノーラさんに会ったことがあるよ。君と会う前だったから彼女が幽霊なんて思わなかったけど、そうか……」
記憶を思い起こしながら呟くと、家族の中で自分だけ息子の秘密を知らされていなかったかのようにリリヤの目が丸くなる。
「えっ。本当か。長い髪を一つに纏めている奴だぞ? 私よりもお前よりも年上だぞ?」
「うん。三階の僕が本を読む部屋の前にいたよ。父上達の訃報を聞いた直後だったから、僕は自分が幻覚を見る程磨耗したのかと思ったんだ。エレオノーラさんはふふふってただ笑っているだけだったしね」
あの時見た人はたしかに髪を纏めていた。その時のことを思い出しながら喋る。
「はぁ、あいつめ、余計なことを……っ」
話を聞いたリリヤは懐疑的な自分と会った時のことを思い出したのか、一気に機嫌が悪くなった。眉間に皴を寄せながら悪態をついていた。
リリヤは不機嫌そうだったし、そういう問題ではないのだが、幻覚を見る程には心が壊れていなかったことに少し安心した。どうやら思っていた以上に自分の心は強いようだ。
しかしエレオノーラは何故ユユラングに来たのだろう。幽霊が見えるようになった次男坊をからかいに来たのなら、少し悪趣味すぎる。
その時、コンコンと背中から振動が伝わってきて、心臓が口から飛び出そうな程驚いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます