第四話 伯爵の心
30 「まだですね。こっちから催促しますか?」
第四章 伯爵の心
それからリリヤと話をすることはなかった。
少女の歌声を聞きながら部屋の整理をしていた。
どれを残しどれを売るかは部屋に入った際に目星をつけてはいたので、考え事をしながらも作業を終わらせることができた。残ったのは日用品と服くらいで、寂しくもすっきりとした気持ちで机上に並べたそれを眺め、一度部屋を後にしようとする。
「お疲れ様。レイモンドの部屋は終わりか?」
「うん、後はアレックスに頼むくらいだ。次は兄上の部屋をやって……自分の部屋も、城全体も見るよ」
残りの工程を口にすると、脇腹のあたりを不安が容赦なく蝕んでいき視線を足元に落とす。
こんなことをして意味があるのか、間に合うのか、ユユラングはどうなるのか。やはり自分では領の未来を明るくすることはできないのか。
俯いたまま扉を開けると、赤い上着を着た人物の姿が真っ先に飛び込んでくる。
いつだって部屋の前で待機してくれている御者の存在が今は有り難い。励まされたような気分になり口元を緩める。
扉が開いた音に気付いて御者がこちらを向いた。
「食事が終わったら片付けを手伝って貰ってもいい?」
声をかけると金色の髪を揺らし、御者が首を縦に振った。
「もちろんです!」
「有り難う。……クオナからの連絡ってさ」
話のついでとばかりに尋ねてみる。
どうにもこうにもクオナからの連絡がなければ、今後の見通しも立て難かった。
アレックスもそれは分かっているようで、一度表情を曇らせ窺いを立ててきた。
「まだですね。こっちから催促しますか?」
返事を探るような湖色の瞳を向けられる。
クオナはユユラングにとって最後の切り札と言っていい。
なのにこちらから返事を聞くような下手に出ることは、いざ交渉を始めた時に不利になるだろう。養子以上をちらつかされる切っ掛けにもなり得る。避けた方が良いように思えた。
「……いや、止めとこう。それはどうしようもなくなった時の最終手段にした方がよさそうだ。ごめん」
口にしなかったらよかったと謝ると、アレックスは気にした様子もなく頷く。
「分かりました」
「後さ、ご飯頼んでもいい? 魚料理」
「それも了解しました! 魚料理持ってきまーす」
役目を与えられた御者がにっと笑い、自分の先を走っていくのを見てから廊下を進む。
完全に日がくれたこともあり、暗い廊下を靴音を響かせながら自室に向かった。
自分を先導するように堂々と歩いているリリヤの後ろ姿を見てふと思った。リリヤのことが見えている人は限られているのだ。
「……ねえリリヤ」
リリヤに話しかけたのは部屋に入った瞬間だった。
こんなに間髪入れず話しかけることはなかったので、赤い瞳が焦ったように視線を向けてくる。
「なんだ?」
「君さ、クオナに聞きに行ってくれない?」
後ろ手に扉を閉めた。
先程アレックスとした話をこの少女は聞いていたはずだ。それなのにどうしてこの話をするんだと眉を顰める。
「私がか? セオは私が何だったか覚えているか?」
こちらが何と言おうがリリヤは揺るぐことがなかった。
問いに応えるべく爪先から頭のてっぺんへと視線を走らせる。こうして見ると尊大な態度の割にリリヤは小柄だ。
「幽霊だろう」
幼児が出した問題に答えているような気分になりながら答えた。
「それも密偵というね。幽霊が直接ラウルさんに聞きに行くんだ。それならラウルさんだって表立って交渉を有利に運ばせられないよ」
「……ふむ、私も長年幽霊をやっているが、こういう使われ方は初めてだ」
まあこんな事態もなかったが、と自分を納得させるように続ける。
「ラウルさんにも君が見えるんだよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます