26 「今もあいつが生きているみたいだな」
まだ残っている僅かな人達に挨拶をしてから歩き出した自分の後を追い、顔を覗き込むようにしてリリヤが尋ねてくる。
「さっき話した通りだよ。城内の整理と山頂に残っている雪や氷を遠く売り飛ばす。ユユラングはそうでもないけど暑い地域はまだ暑いからね。港の船が燃えたから面倒だし時間はかかるけど確実だ」
「うん、城内の整理と同時にやれば夏くらいは越せるだろう。ただ人手が足りんぞ」
「そこなんだよなあ……。無償で人を募っても、畑を持っている人は遠くに行くのを嫌がるだろうしね」
「人はいつだって食糧の方が大切だからな……。セオがいくら言ったとしても非常食を作っておきたいはずだし」
改めて言われ気が重くなった。
中庭で足を止め林檎の木を見上げる。まだ夏と言うこともあり、少々寂しく見えた。
「うん……とりあえず氷はそこそこに物の整理からやるよ。クオナもどうなるか分からないし、しばらく眠れないね」
中庭に入ると廊下を行き交う使用人があちらこちらに見える。
自然とリリヤと話すこともなくなり、アニーとアレックス以外の使用人を探す。
畑違いかと思ったが、顔を知っているセルゲイという老執事に氷を売り捌けないか頼んだ。特別驚きもせずに頷かれる。
なんでも兄に頼まれることがよくあったらしく、買い取ってくれる商人にも心当たりがあると言っていた。
兄弟ですね、と老執事はどこか感慨深げに微笑み、城の中に消えていった。
その言葉がとても心強いものに思え、甲冑を身に纏ったかのような活力が湧いてくるのを感じた。
四階に戻り、ランタンを片手に父の部屋を訪れた。
父は部屋に使用人を入れることを嫌ったので、夕飯に呼ばれる前に自分がざっと手を付ける事にしたのだ。息子なら父も許してくれるだろう。
「……変な物があったら僕は立ち直れないかもしれない……」
扉を開ける前に微かな声で呟いた。
「変な物?」
自分の声を拾った少女がむ? と小首を傾ける。
「裸婦画とか、意味ありげなオリーブオイルとか、張形とか」
思いつく「変な物」を羅列していくと、隣に立っていたリリヤの瞳が半月のように細められる。
「お前は女を知らなさそうな顔をしているのにはっきり言うなぁ?」
明らかにこちらをからかいに来ているリリヤに反感を覚えかけた。
これは反応したら一層からかわれるやつだ、とぐっと堪え、紫色の瞳を見ながら白々しく返す。
「密偵なら父上が持っていたかどうか知っているかと思ったんだけど?」
「む」
痛いところを突付かれたのかリリヤが口元をもごつかせる。その姿が気持ちよく鼻を鳴らして扉に手をかけた。
「……知らない物は知らないんだ。私はそこらへんを弁えているから、夜になって用がなかったらあいつから離れていたしなぁ」
「そこらへん?」
先程のお礼だとばかりに聞き返すと、虚を突かれたようにリリヤが一度目を丸くする。
一拍してからそわそわと視線を漂わせ始め、気まずそうに頬を染め、何も言わずに扉の向こうに消えていった。
どうやらあの幽霊はそこらへんを口にすることが嫌いなようだ。
その様子を口元を緩めながら見送り、コンコンと扉を叩いてから部屋を開ける。息子とは言え久しぶりに入る父の部屋は思ったよりも雑然としていて、主が生活を一時中断しただけのような空気がそこには流れていた。
部屋の中央にリリヤが立っているから余計思うのかもしれない。
「今もあいつが生きているみたいだな」
先程のやり取りなんてなかったかのように、まっすぐ背筋を伸ばしたリリヤが呟く。
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