25 「お疲れ様。よく頑張ったな」

 好奇や切実さに満ちた視線を浴びているのが恥ずかしくなり、頬を掻きながら喋る。

 視線をジャックに向ける。昼寝をしていた野良猫が急に人の気配を感じたかのように、身を強張らせたジャックが僅かに顎を引いた。

 彼のことを忘れてはいけない。


「彼、ジャックって言うんだ。逃げてた時に随分世話になってね。僕が領主をやると決めたのは彼のおかげなんだ」

「まあ……」


 目元を和らげながら続けていると、次第に少年から力が抜けて一歩前に進んで話の輪に加わる。


「ジャックだ。よろしく」

「僕の紹介ってことで、城の仕事を何か紹介してくれないかな? 見張りとかをやりたいんだって」

「分かりました。今は人手が足りないから助かります。ああでも……アレックス!」


 女中は一度困ったように眉を寄せてから弟の名前を口にする。少し離れた場所で他の使用人達と話をしていたアレックスが、名前を呼ばれ顔をこちらに向ける。


「姉さん? なに?」


 アニーは手招きでアレックスのことを呼び話を続けた。


「セオドア様がお世話になったこちらの方が城の仕事を探しているみたいなの。男性の仕事はあなたの方が分かるでしょう? 代わりに話を聞いてほしいの」

「別にいいけどー」

「じゃあお願いね」

「ん」


 頷きアレックスはジャックに話を聞きに行った。

 乳母兄弟とは言え自分には敬語で話すこの姉弟も、実の姉弟二人の時は口調が崩れる。自分は実の兄にも敬語だったから時折この二人が眩しく見えた。


「俺はアレックスです。セオドア様とは乳母兄弟でやってます」

「ジャック。年近そうだし普通に話してくれ、なんかムズムズする……さっき普通に話せてただろ」

「あっそう? じゃあこっち来て。あっちのが色んな人がいるから」


 アレックスは乳母兄弟だからと幼い頃から城で働いていた。住み込みなので、年の近い人間とはあまり関わったことがないという。

 少年は年の近そうな相手に向けて、どこか声を弾ませながら使用人同士で集まっているところに誘う。その後ろ姿を見送るアニーの視線は柔らかで、自分まで嬉しくなる。


「セオドア様。私は先に厨房に戻らせて頂きますが、まだこちらにいらっしゃいますか?」


 しばらくしてアニーは再び自分に声をかけてきた。

 周囲を見ると人だかりは随分減っていた。残っているのは珍しい次男坊を目に焼き付けておきたい、という人達だろう。


「僕も戻るよ。みんなを見送っていたら朝になりそうだからね」


 疎らになった人だかりを見て告げる。

 ふと視線の先にリリヤの姿を認めた。どうやら人も減ったので地面に降りて来たらしく、こちらをじっと見つめている。


「了解しました」


 頭を下げて離れていくアニーを見送ると、一人になった。

 元から自分のお付きは乳母兄弟の二人だけだったこともあり、他の使用人がずっと付いていることもなかった。

 一人になった自分の元に、白髪の少女がゆっくりと近付いてくる。


「お疲れ様。よく頑張ったな」


 わずかに誇らしげな表情を浮かべリリヤは言った。周囲に人がいないこともあり、小声ながらも返す。


「……君は僕がこうするって分かっていたのか?」

「さぁ?」


 糸のように目を細めた少女がくつくつと肩を揺らす。


「ただまぁ、あのジャックとやらは港で見かけたことがあってな。よく働く正直な奴で、言うほど手も早くない。と言っておく」


 外見はただの可憐な少女であるこの幽霊が、目の前の城よりも長く存在していることを思い出し、ふぅと溜め息をつく。


「これからどうする気だ」

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