20 「それ貰ってもいい? 少し危険すぎるから」
「じいちゃんのじいちゃんのじいちゃん辺りがユユラング城の建築をした人らしくてさ。うちの倉庫には建設図の写しが家宝として保存されてるんだ。それでな」
奇術の種明かしでもするかのように少年は誇らしげに語る。
先程は教えてくれなかったことを簡単に教えてくれた。これも自分がやる気になったからだろうか。
少年はごそごそと腰を探り、折り畳まれた古い羊皮紙を取り出す。それに真っ先に反応したのは、隣で話を聞いていたリリヤだった。
「げっ」
階段を登る際ちらりとリリヤの顔を窺うと、何年も放置されていた卵を見付けたかのように嫌そうな顔をしていた。
「そんな危険な物が残っていたなんて私でも知らなかったぞ……」
ぶつぶつと呟いている姿は、年相応の少女の物だった。その表情が面白くて笑みを浮かべる。
「それ貰ってもいい? 少し危険すぎるから」
「家宝なんて言っても食えねーし思い出もねーが、タダでやる気はないぞ」
「タダで、ね」
ちゃっかり硬貨を要求され、苦笑いが零れた。
会ったばっかりの頃に家族を養うために働いている、と言っていた。服装も服装だ。よっぽど金に困っているのだろう。
硬貨なら持ってはいるが、領主になると決めた今これは貴重なものだ。他に何かで支払えないかと腰の袋を探り、思い出した。
「僕もお金が欲しいからあげられない。だからこれで売ってくれない?」
腰から革袋を取り出し、僅かに振り返って少年に渡した。
朝にアニーが渡してくれた、木の実と乾燥した果実や野菜が入っている。もう逃げないと決めたのだからこれは不要だろう。
「おっ」
革袋の中を不審そうに見ていた少年は、中に食べ物が入っているのを認めると表情を明るくし、躊躇いもせずに羊皮紙をこちらに差し出してくる。
「今年は凶作だったんだ、みんな喜ぶぞ」
羊皮紙と交換に、少年は給金を貰うかのように両手で革袋を受け取った。こんなにあっさりと家宝を売り飛ばす人間は見たことがない。
「……君、名前何て言うの?」
初めて見る生き物を前にした気分になり質問した。
「ジャック」
これにも金品を請求されるのかと身構えたがそうでもなかった。
口調は乱暴ではあるが、この少年の根は悪くないのだろう。家族の為に働き、家族の為に短剣も持たず自分を説得しにきた。物につられ家宝を手放すのも、ある意味信用できる人物だ。
この少年は何かの助けになるかもしれない。前を見て歩くのを止め、振り返って少年の顔を見る。
背はジャックの方が高かったが、階段がある今、その黒髪を見下ろす形になった。
「ジャックさ、お金に困っているなら城で働かない? 見張りとかになると思うけ」
「良いのか!?」
全て言い終える前にジャックの声が被さり、食い付きの良さに面食らう。
鉄と板でできた階段を午後の日が照らしているのが分かった。
「いいよ。城は今人手が足りないし……お金はしばらく食べ物や衣類になると思うけど。君は悪い人ではなさそうだし」
「問題ねーよ、あんたを殴らないでおいたおかげだな」
殴る気だったのかと言いたくなったが、止めておく。
同時に墓地の外に出たので改めて伸びをする。体の緊張だけではなく、心まで解れていくようで心地好い。
「なぁなぁ、殴られかけた人。城でも見てこようか?」
伸びを止めると、明らかに楽しんでいるリリヤの声が聞こえてきた。眉間に皺を寄せながら、口の動きだけで要らないと返し、最後に少女を睨みつけた。
リリヤはふふんと笑った後、領内の景色に視線を向ける。すぐに小さい歌声が聞こえてきた。
多分、リリヤが生きていた頃の歌なんだろう。聴いたこともないし、何を言ってるかも分からない。だが早い拍子の曲調なだけに、楽しそうなのは分かった。
「城勤めなんて上品な仕事が出来るか不安だけど、精一杯やらせて貰うよ」
ジャックに視線を移し、改めて黒髪の少年を見る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます