19 「知らないからな!」
次に自分が何を言うか促してくるような目が向けられる。
だから自分もこの少年を含め、みんなが望んでいるだろう言葉を言う気になれた。
墓地の隅にいて知らないふりをしているリリヤの耳にも届くように、半ば自棄になって声を張った。
「分かったよ! 僕が領主になればみんな幸せなんだろう! だったらなってやるさ! その代わりどうなっても知らないからな! 死んでもね!」
少年は齧った青い林檎が蜜のように甘かったかのようにはっと目を丸くし、罵声の準備をしていただろう口を半分開けている。だがすぐに思い出したように眉を吊り上げ口を動かした。
「なっ……に言ってんだよ! その場しのぎで適当なことを言うな!」
「その場しのぎじゃない! 僕も楽になるからそう決めたんだ!」
ずっと考えていたことを声に出すと、胸の支えが取れた気がした。
自分が領主になったところで今更なにも変わらないかもしれない。あっけなくクオナに吸収されるかもしれない。
それでも、自分だけ生き残って一生後ろめたい気持ちと向き合うよりも、ずっとずっと良い気がした。船のことだって、領主でいれば少しは分かるかもしれない。
「その場しのぎじゃないってならな……俺なんかに言ってんじゃねーよ」
少年は物足りなさそうに言うと、がっとこちらの腕を掴んでくる。
砂鉄にでもなったように少年の手が自分から離れない。
「な、なに」
逃すまいと掴んだ手にことさら力を入れてきた少年は安心したとばかりに笑い、声を弾ませて言ってくる。
「城に戻ってみんなに言ってこいよ。俺が着いてってやる」
少年は自分の腕を引き、大人しい少年を遊びに誘うような軽やかさで階段に向かっていく。
「ちょっ、待ってよ、いきなりだな!」
少年の手に逆らうように腕を引く。城に行くなら抜け穴くらいは塞いでおきたい。塞ぎ終えるなり引っ張られた。
階段まで行く速度が早く、着いていくだけで精一杯だったが、少年が立ち止まる気配はなかった。
ガコガコと揺れるランタンが、階段の前で佇んでいたリリヤを照らす。
目が合うなりリリヤは笑みを深めて意地悪く言ってくる。
「逃げて分かったことがあっただろう?」
初めて会った時に言われた言葉を、まるでこうなることを分かっていたかのように言われた。
その言葉を聞いた瞬間理解した。
自分とリリヤにはおそらく、変な縁が生まれているのだ。自分が暗くてもリリヤのことが分かるように、リリヤだって最初から次なる領主が分かっていたのかもしれない。
だから自分に説教も強制もすることなく、ただ隣にいて逃亡も手伝ってくれていたのだろう。
してやられたようで、悔しさが込み上げてきた。フードから覗く、曲線を描いている目が嫌になる。
「知らないからな!」
すれ違いざまにリリヤに当たってみた。唇を噛み締める。
腕を掴んでいる手が自分の声にびくりと反応し、階段を登る足を止めて少年が振り返った。
「……なんだよいきなり。なに大声出してんだ」
「あっ、ごめん。なんでもないよ……独り言、独り言」
当然のように尋ねてくる少年を慌ててはぐらかした。
領主になると言ったばかりのこの口で、幽霊に言っていましたなんて言えるわけもない。
父が独り言の多かった理由が分かった気がした。
「はー、随分デカい独り言で」
曖昧に笑っていると少年がやや棒読みで返してくる。
色々と疑われている気がして目線をさ迷わせていると、いつの間にか隣に来ていた白髪の少女と目が合った。
その表情は、小憎らしい弟が説教されているのを対岸から見ている姉のようだった。長く睨んでいる訳にも行かず、視線を再び少年に戻しなんとか言葉を捻り出した。
「ほら、怪我をしても知らないぞって……」
「怪我? あぁ……階段を登る時だけだぞ」
苦し紛れに呟いた言葉に少年が訝しげに眉を顰める。
が、すぐに納得したらしく腕を離してくれた。
「逃げんなよ」
後ろに回った少年の声と共に軽く背中を押される。先に歩け、ということなんだろう。
「君のおかげで逃げる場所ももうないから安心してよ」
前に出て右手を螺旋階段の壁に添えながら、一段一段ゆっくりと上がっていく。
墓地にいた時は感じなかったが、階段まで行くと微かながら空気の流れを肌に感じることができた。
「俺のおかげ? あぁ、あそこに誰かいるとは思ってなかっただろ」
声を弾ませて少年はニシシと笑う。練りに練った作戦を誉められた子供のようだ。
「そうだね。君、どうしてあの道を知っているんだ?」
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