第三話 次男の死

18 「なんとか言えよ!」

三章 次男の死


 前髪を引っ張られては逃げることも出来ない。

 自然と頭を突き出す形を取りながら、額に走る痛みを眉を潜めて耐えた。無理な姿勢もあって苦しい。


「あんた、セオドアか? もしかして……って思ってここで張ってた甲斐があったよ」


 切羽詰まった口調の中にも幼さが残った少年の声がする。

 状況がよく飲み込めなかった。誰かがいたなんて大切なこと、リリヤは教えに来なかった。教える程の者じゃないと思ったのだろうか。それとも違う事情があるのだろうか。


「ちょっ……離し、て……くるし……」

「あんたに用があるだけで別に何もしねーが」


 面倒臭そうに言葉を区切ったこの少年は、どうも自分を探していたようだ。ということはラウルに生きた自分を突き出すことが目的なのだろう。

 命を取りに来たわけではなさそうなことや、少年一人の気配しかないことに安堵した


「逃げられたら困るから駄目だ」


 少年は手を離そうとはしなかった。

 自分が抜け穴から出た方が早いと判断し、石板を乗り越えるように前に進む。ある程度進むと途端に体が楽になった。


「レイモンドやシモンは見たことがあるけど、あんたは初めて見るよ。金髪なのも碧眼なのもレイモンド譲りなんだな」


 空いている手でランタンを掲げながら、少年は観察でもするかのようにじろじろ見てきた後、好き勝手述べてくる。

 負けじと見返そうとランタンの灯りを頼りに少年を見る。

 黒色の髪は自分と同じくらい短く、ほつれの目立つ擦り減った紺色のシャツを着ていて、ホーズと呼ばれる長ズボンを穿いている。

 ユユラングには他領も羨む特産品がある為、領民の生活も比較的安定している。そのため、このようなボロボロの服を着る者は少ない。それなりに事情がある少年なのだろう

 おそらく歳は自分と同じくらいだろうが、その体は痩せ干そっていて正確には分からなかった。

 猛禽類のように鋭い緑の瞳が際立ち、幼児なら簡単に泣かせてしまいそうな迫力がある。


 ふと、少年の奥にリリヤが腕を組んで立っているのが見えた。

 不敵な表情を浮かべて、出し物でも見ているかのようにこちらを見ている。


「おい、なにボーッとしてんだよ」


 前髪を掴んでいた手が胸元に移り、シャツを掴まれる。

 脅してくるような物言いは、まるで物語によく出てくる不良だ。城ではこんな少年に会う機会すらない。


「セオドアじゃなきゃこの道を通ってくるわけがないよ。君は……? どうしてここを知っているんだ?」

「言うかよ」


 当然だろ、と言わんばかりに少年は吐き捨てる。


「それよりなんでだ? なんであんたが逃げようとしてるんだ? ユユラングはどうすんだよ? 俺には家族がいて、働かなくてはならないんだ。頂点がいなかったら困るんだよ!」


 反論の余地も許さず少年が責め立ててくる。

 そんなこと言われなくても自分が一番心に引っ掛かっていることだ。


「なんとか言えよ!」


 上手い言葉が出ずに黙っていると、掴まれた胸ぐらを乱暴に揺さぶられる。

 どうもこの少年は短剣を隠し持ってはいないようだ。短剣があるならとうに突きつけられているだろう。

 一発は覚悟して、だからこっちも喧嘩を買った。


「じゃあ黙ってて」

「は? ふざけんなよ。こんな状況で黙ってられっか! 家族の未来がかかってんだぞ。家族を養う為に働いてる俺の身にもなれ」


 なんとか言えと言われたから喋ったら耳元で怒鳴られた。

 理不尽さに苛つきを覚える。

 一度理不尽だと思ったら、今まで堪えていたものが表に吹き出してくる。眉間に皺を刻む。


「っるさいなあ……」


 耳を澄ましていないと聞こえないくらいの小さな声が零れた。


「あ?」

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