17 「明るいところに行きたいなあ……」
「せめて遺体は上がると良いのだけど」
「……残念だが諦めろ、あいつは燃えたんだ。海の一部になっているはずだ」
だよな、と溜め息をつく。そしてすぐにおかしなことに気が付き、目を見張る。
「燃えた? 父上達の船は難波したんじゃないのか?」
自分の勢いに呑まれたのかリリヤは目を丸くしていた。
「い、いや……、レイモンドもシモンも死後は親子でオーロラを見たくて焼け死に、他の船員は進んで海に身を投げた。私はこの目でちゃんと見たんだ。そんな話誰から聞いたんだ」
「誰って……アレックスだけど、号外屋も言っていたよ。だから僕はてっきり……」
そこで一度言葉を区切る。
船から火が出ることもあるにはあるだろう。しかしその可能性は、夏に雪が降るくらい低い。
「なんで火が」
「それは私も知らん。夕食は火を使わない物だったんだが、気が付いたら燃えていたんだ。火の回りは早くてな、小型船を出して逃げ出す暇もなかった」
リリヤの話を聞いていく内に嫌な言葉が頭をよぎる。
「まさか誰かが火を放ったのか? 誰が?」
「悪いがそれは分からんし、人為的な物ではない可能性だって……」
もしかしたら自分の大切な人達は殺されたのではないか。頭が疑惑でいっぱいになり、リリヤの言葉はほとんど聞いていなかった。
出火した可能性も残っているのでなんとも言えず、込み上げてくる怒りをごまかすように話題を変える。
「ねえ、リリヤ。ユユラングが潰れたら君はどうなるの?」
「ん?」
少女は一度言葉を区切り、うーんと声を上げて考え込む。
「周辺の領が無くなることは今までもあった。その時はみんな消えていった。だから私にも二度目の死が訪れるだけだろうな」
書類を読み上げるように淡々とリリヤが続ける。
自分を誘導していた少女の言葉だとは思えなくて、言葉を失った。
そんなのでいいのか、といつの間にか幽霊を睨みつけていた。
「なぁセオ。レイモンドの最後の言葉、聞きたいか?」
話題を変える自分に気がついたのか、リリヤも話題を変えてくる。その言葉の重みに口を閉ざす。
父親がユユラングの幽霊に聞かせた最後の言葉。そんなもの、何だったかなんて聞かなくても分かる。
だから聞きたくなかった。聞いてしまったら何かが終わる気がして仕方なかった。
「……止めとくよ」
数秒考えてから首を振った。
「なんでだ?」
「聞きたくないよ……きっと僕のことだろう」
「そうか」
前と同じく、意外とさらりとした反応だった。まるで自分の気持ちを知っているかのようだ。
「リリヤ。一人になりたいんだ。ここを通っている間は君がいなくても大丈夫だから、先に墓地に行っててくれない?」
「ふむ。何かあったら教えには行く、じゃあまた後でな」
少女は頷き、散歩にでも行くような軽快さで壁を抜けていく。顔を見られなかったことに少しほっとした。
そのまま寝台の下の壁を、巨大な岩を押すみたいに力を入れて押すと、ある瞬間を境にカポッと間抜けな音を上げて壁が外れた。
初めて見たその穴は暗くて全然見えなかったが、冥界に通じる入り口だと言われても納得できそうな程空気が淀んでいた。
なんとか穴に潜る。
「暗いし埃っぽいな……」
狭い通路の中で向きを変え、闇の中を進む。誰も居ないとなると妙に心細くなって呟いていた。だけど久しぶりに一人になったような気がする。
地面についた手のひらに小石が当たった。
固くてひんやりとした感覚が伝わり、僅かに痛い。
ここをまっすぐ進めば地下墓地に到着すると、昔父が言っていた。しばしの平穏を味わうように深く息を吸い、先程のことを考える。
リリヤの運命を握っているのは自分なんだと突き付けられた気がした。
リリヤだけじゃない。
中庭で話していた女中達の運命も、アニー達の一生も、自分の運命ですら自分が握っているように思えた。
それに船のことも気になる。
「あたたた……」
ずっと同じ姿勢でいるからか急に腰が痛みだし、声に出して呻く。
とにかく早く背伸びをしたかったし、暗闇に一人でいることが辛かった。
腹も空いてくるし、暗いし、地面が温まることはないしで、自分が惨めな存在に思えてくる。
どうしてこんなことをしているんだろうか。こうしなくて済むことがあるはずだ。
答えなんて心のどこかでは分かっているけれど、崖っぷちに立たされたユユラングを思うと、認めるのが怖かった。
「明るいところに行きたいなあ……」
唇から零れた言葉は、親とはぐれて迷子になった子供のように弱々しかった。
前方を探りながら進む。ある程度してから冷たくてつるつるした石板みたいな物が頭に当たり、出口に到着したことを悟った。
しばらく石板を探っていると、取っ手らしい物があることが分かった。出っ張っているそれを掴み、手応えを確かめるように慎重に押していく。
力を入れると簡単に石板が外れ、固かった瓶の蓋がスポッと開いた時みたいな手応えが伝わってくる。立て掛けておいたまな板が倒れた時のような鈍い音がし、僅かに冷たい空気が頬に触れた。
地下墓地に到着したのだ。
だけど、異変にはすぐに気がついた。
奥の方には暗闇が広がっていると言うのに、すぐ近くの地面はランタンに照らされたように明るかったのだ。地下墓地に灯りがあるということは、人がいるということだ。
これはまずい、と頭のどこかが叫んだ。反射的に奥に戻ろうとする。
だがそれは叶わなかった。
「あっ!」
奥に逃げようとした際獲物を逃すまいとばかりに何者かの手が伸びてきて、前髪を掴まえられたのだ。
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