16 「そうか。君は強いなあ」
「うん。もしなにかあった時に、セオドアドアを閉めろ、とか言うのは嫌だなぁってずっと思ってたんだ。ようやく聞けた」
「……幽霊ってのは暇みたいだね」
さっき扉を開けたから思ったことなんだろう。
そういえば自室の扉を開けた時も、なにか言いたげだったことを思い出す。あれはこのことだったのだろう。
「そんなこと、酒場の酔っぱらいでも言わないよ」
下らない話に、つい息をつく。
「む、暇なわけではない! さっき思ったんだ! 大体呆れるならな、お前の名前をつけたレイモンドにやるべきだ!」
「え。僕の名前って父上がつけたの?」
「うん? うん、そうだ。なんだ知らなかったのか」
質問される側になったのが嬉しいのか、にやついたリリヤがこちらを見上げてくる。
「男だったらセオドアってつけましょう、と母上が言われていたと聞いてたよ」
小さい頃父に言われたことを思い出し口にすると、目の前の少女が可笑しそうに肩を揺らした。
「それはお前、あれに騙されているぞ。本当は毎晩紙と向き合い決められない、と喚いた結果くじ引きで決めたんだ」
「えぇっ!?」
予想外の答えに驚き声を上げる。暗い牢屋に自分の声が響いた。
嘘をつかれていたのはショックだったけれど、名付けなんてそんなものかもしれないと思い直す。
「あの父上がそんな決め方をしていたなんて……」
「なかなか笑えるだろう」
そうだね、と返す。
「絵に書いたように真面目な人だったから、そんなこと思いもしなかったよ。兄上の名前もくじ引きで決められたのかなあ……」
「シモンの時はお前の母もまだ生きていたからな。レイモンドに名付けの権利はなかったぞ」
名付け親の話題で盛り上がり僅かな間が生まれると、寂しさが込み上げてくる。
死体を見ていないからか、父親がこの世にいないことが未だに信じられなかった。
鼻を啜ると少女が目を細めた。
「お前は本当に子供だなぁ。穏やかに見えるが、礼は言わんし、人見知りだ。野菜は食べないし」
「……最後は別にいいだろ」
「はいはい」
反論すら面白そうにリリヤに流された。
その表情は自分とは対極のように思えて、少しだけ腹立たしく映った。
「君は悲しくないの?」
視線を落としたままぽつりと尋ねる。
「レイモンドのことか? 家族が死んだようなものだ。悲しいに決まってるが、どんなに必要とされている人間でも、いつかは必ず死ぬもんだからな」
カラリとした幽霊の言葉は、生き字引の長老のような重みを帯びていた。
ユユラングがユユラングと呼ばれる前から幽霊だったリリヤだ。きっと自分が想像もつかない程、沢山の人の死に触れてきたのだろう。
「そうか。君は強いなあ」
「まぁな」
否定するでもなく少女は頷く。
その際僅かに胸を張って言う姿が微笑ましくてクスリと笑いが洩れた。
「む」
小馬鹿にされたとでも思ったのか、リリヤが不満そうに片眉を挙げる。
「私はなぁ、王都への旅にあいつらと一緒についていったよ。そしてレイモンドやシモンが死ぬ直前に船を出た。お前よりも気持ちの整理はついている」
怒ったかのように声を張るリリヤが意外だった。
自分のような存在をあっさりと受け入れたり、アレックスの名前を覚えようとしなかったり、長く生きた幽霊というのは人間に興味がないのかと思っていたが、どうも違うようだ。
「ふん」
鼻を鳴らしてリリヤは牢屋の中央に進む。
「父上が実は生きていたらいいのに」
胸にぽっかりと穴が開いていたことを思い出した。寂しさを埋めるように呟く。
「うん」
部屋の中央に立ったままの少女が、ただ頷いたのが分かった。
ゆっくりと歩いていき寝台を触る。リリヤは暗くても分かるが、リリヤ以外はさっぱり見えない。抜け穴は手探りで探さないといけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます