10 「ですがそれは条件付きでした」
誰かが来た音に咄嗟にリリヤを見る。白髪を映してから人には見えない存在であることを思い出し、小さく胸を撫で下ろした。
「どうぞ」
内心苦笑いを浮かべながら返事をすると、少し間があった後扉が開いた。
「失礼します」
肉と野菜を挟んだパンと、干し鱈のスープ、木の実や干した果物を入れた皿と、水差しを乗せた盆を持って部屋に入ってきたのはアニーだった。
「アニー?」
確認するように名前を呼ぶ。
アレックスではなくアニーが部屋に来たのなら、やはり先程見た人物はアレックスということになるのだろうか。
それにしても食事にしては変な内容だ。携帯食のような物もある。
「申し訳ありません、ある物ですぐ、と思ったら大した物が用意できなくて……」
「それはいいけど……アレックス、忙しくなったの?」
「はい。代わりに私が失礼致します」
部屋中央の壁に面した机にアニーは食事を並べていく。
アレックスの時もそうだったが誰かと話している時、リリヤは大人しくしてくれているようで助かった。また窓際に戻って外を見ている。
「アレックスから、方々へ出した使者がそろそろ戻ってくるって聞いたよ。それが戻ってきた? こんな朝に外が賑やかなのはそのせい?」
「そのことなのですが……時間がかかりそうなので、セオドア様が食べている間にお話させていただきます」
土いじりが好きなこの女中が、食前に自分が育てた野菜についての話をしないなんて、よっぽどのことなのだろう。
心して一度頷き、しょっぱいスープを匙で掬い口に含んだ。
「使者は戻って来ました。ただどこもユユラングにお金を貸す余裕はないとのことでした。ですが、クオナ領主であるラウル伯爵はお金を貸してくださるそうです」
思ってもいなかった言葉に目を見張る。
「本当?」
木製の匙を置いて聞き直す。近隣領が無理となると、もうクオナだけが頼みだ。
後は王に掛け合って税を待ってもらうくらいだが、これは無理だろう。
時間がかかるし、所詮伯爵家の都合だ。王が嫌悪する悪事に巻き込まれたわけでもない。温情で免れられる程度の物ならこの国から餓死者は消えるし、使用人達がもうやっているはずだ。
「ですがそれは条件付きでした」
「……どんな?」
アニーの表情からいい条件ではないだろうと思ったが、尋ねぬわけにはいかなかった
「セオドア様が伯爵の養子になることです」
その言葉を耳にし、スープを食べ進めていた手を止め眉を寄せた。どうやらクオナはこの一件を好機と捉え、領地拡大を仕掛けてきたらしい。
自分が養子に入れば税の問題はどうにかなる。だがそれは、ユユラングがクオナに吸収されるというものだ。
何らかの理由で息子が死んだ場合、ユユラングはラウルの物になってしまう。そして何らかの理由というのは、大体の場合降りかかってくる。
アニーの曇った表情の理由が分かると同時に、背筋が寒くなった。
自分はきっと謀殺されるのだろう。
「私達の交渉が上手くなかったんです。申し訳ありません」
そう言いアニーは頭を垂れた。
「……アニー達は悪くないよ。君達に判断を任せたのは僕なんだから当然だ」
スープ以外飲める気がしなくて液体を口に入れる。干し鱈のしょっぱさが広がった気がするが、よく分からなかった。
自分を売った形になったこの結果を責められるわけがない。 自分が領主を拒み続けた結果だ。
アニーの顔が見れなくて、脂が浮いたスープの表面を見つめる。
もしも。
自分が全てを受け入れていたら、ユユラングの未来は変わっていたのだろうか。
リリヤとももっと早く会え、未熟者の自分に文句を言いながらも一緒にユユラングを守っていけたかもしれない。
しかし現実は違う。
「詳しいことはクオナから追って連絡がくるようです」
「そっか」
「それで外の騒ぎなのですが……」
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