11 「じゃあ外の騒ぎは、僕を捕まえるための」


 アニーが話を続けたため、唇を噛み締めるのを止めて顔を上げた。


「セオドア様がクオナに……という話が既に領内に広まっておりまして、領民の中には自分達が生き残るためにはセオドア様をクオナに差し出せばいい、と考える方が出てきたのです」


 どこの国でも統治のちょっとした隙を狙ってくる悪党はいる。それはこの国とて例外ではない。

 もしユユラングが没落したら、交替の隙を狙って暴れる人間が出てくるはずだ。そしてそれは、領民達の畑や小さい村、女子供を標的にするのだろう。


「じゃあ外の騒ぎは、僕を捕まえるための」


 アニーが小さく頷いた。

 使者が持ち帰ってきた話に、領民がこんなに早く食い付くわけがない。

 ユユラングを確実に潰すために、ラウルが話を拡散したのだろう。号令屋を使ったのなら、朝早くに騒ぎが起きても不思議はない。


「男性や騎士団の方が騒ぎを止めに行っているんですが……領民達も必死ですから、いつまで持ち堪えられますか分かりません」

「そうか、だからアレックスが……」


 話途中で、窓から邪神崇拝の儀式でも行っているかのような、獣じみた声が沸き上がる。スープを飲む手を止め、一度目を伏せた。

 話がどんどん不味い方向に向かっているのが分かる。

 このまま城にいたら自分は罪人が如く領民に捕まり、クオナに差し出されることだろう。そしてユユラングはクオナに吸収され、自分は謀殺される。

 

 領を継ぐ道を選んだところで、税が払えず領民もろとも路頭に迷うだろう。

 領民からすれば、行事にもロクに出席しなかった次男坊が犠牲になれば夏を越せる道が開けるのだ。

 こうなったらこの部屋まで来るだろう。

 だったら。そう思って口を開いた。


「アニー、僕は逃げるよ。港まで出て王都にでも行く。僕がクオナに行こうが行かまいが、ユユラングはもう終わりだ」

 口にした後、チラリと窓際に視線を向ける。

 リリヤがどんな顔をしているのか気になったのだ。けれど窓際に白髪の少女はいなかった。

 微かに目を見張る。どこに行ったというのだろう。


「私もそれを提案しようと思っていました。……使用人の中にもセオドア様を差し出せば、という考えの者が出て来ましたから。ですが私はセオドア様に生きていて欲しいですから」


 蔑むでも怒るでもなく、どこかほっとした表情で幼馴染みの女中は口にする。

 それにこちらもほっとした。


「私と弟もユユラングを見届けた後、王都に向かいます。そこで合流しても構いませんか?」

「もちろん」


 首を縦に振るとアニーは少しだけ嬉しそうにはにかんだ。


「よかった……」

「アニーには話しておくけど、地下牢の一番奥に人が入らない物置みたいな牢屋があるだろ? そこの簡易寝台の下に、森の近くの地下墓地に繋がっている抜け穴があるんだ。この城を作ったご先祖様が有事の際にと作っておいてくれた物だよ。困ったらそこを使って」


 存在だけ知っている抜け穴のことを伝えると、アニーは滝壺の洞窟に財宝を見付けたかのように口元を手で抑え目を丸くする。

 そして少しして納得したように呟いた。


「あの牢屋にそんなものがあったんですね。基本的に誰も入りませんし、私はてっきり……」

「てっきり、なに?」

「幽霊でも出るのかと思っていました。牢獄の幽霊が」


 兄が聞かせてくれた怪談話に驚いて泣いてしまった自分を思い出したかのように、女中はふふっと笑いを洩らす。


「……君はよく覚えているよね、本当」


 思い出したくないことを忘れようと、器に残っていたスープを一気に飲み干す。

 まだ熱くはあったが、先程よりもずっと冷めていたので問題なく流し込めた。


「それが取り柄なもので」


 アニーは目を細めてから、顔から笑みを消した。


「では私は失礼致します。どうかご無事で」


 そして盆を持って部屋から出ていった。

 アニーがいなくなり静かになっただけに、外の騒ぎが一層耳に届く。


「うわっ!」


 窓際を一瞥すると、居ないと思っていた白髪の少女が立っていて、つい熊を目撃したような声を漏らしてしまった。


「なんだその声」

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