第二話 死の恐怖

8 「私が幽霊だということ、分かってくれたか?」

第二章 死の恐怖



「そうそう、昨日の会議ですけど。クオナにお金を借りれないか聞くことになって、使者を出しました。向こうも考えてから返事を頂けることになりました。他の領にも一応使者を出していますが、どこもみんなこの時期に税を出していますから、うちに貸してやる余裕なんてないでしょう。ただクオナはここら辺でも特に持ってますからね~、いい返事だといいんですが」


 昨日と同じ赤い上着を着た少年は、昨日と違いあっけらかんと喋る。

 もう気持ちの切り替えができているのかと羨ましくなった。ドアノブを掴む手に力が入る。


「……そうだな。色々と心配を掛けさせた」


 少年とは異なる声量だったが何も言われず、アレックスはへらりと眉を下げて笑った


「いいですよ。俺がセオドア様だったら同じことを言いますし」

「同じこと?」


 なにかと促すようにアレックスを見ると、少年は天気の話でもするような朗らかさで続けた。


「領を継げないってやつです、昨日姉さんから聞きましたよ。俺は小さい時からセオドア様を知っていますけど、セオドア様が統治に関わっていたのは見たことありません、それはみんなも知っています。いきなり言われても困りますもんね 」


 そのことかと思い僅かに顎を引く。

 残された使用人も、自分が領を継ぐことは無理だと思っているのだろう。でも、それでいい気がした。


 リリヤと話した今も、余裕のないユユラングを継ぐことは無理だと思っている。自分がなにか考えたところで、クオナに金を借りるなんて案は出せない。

 ふと思う。自分に案は出せないが、部屋の中にいる幽霊はどうなのだろう。

 ユユラングの為にいる少女だ。もしかしたらこの危機を救う手立てがあるかもしれない。


「あ、セオドア様! 夜から何も食べてませんよね、お腹空きません? 何か持ってきましょうか?」


 口を閉ざして考えていると、アレックスが人差し指を立てて提案してきた。心配してくれたのだと分かって笑みが零れた。

 自分が笑ったことが嬉しかったのか、釣られてアレックスも口元を綻ばせる。

 乳母兄弟は主人の一番信頼出来る人物になれるよう、雪だるまが大きく見えていた頃から一緒にいる。気の知れた相手と話すのは落ち着いた。


「じゃあ貰おうかな。部屋に持ってきてくれる?」

「了解しましたっ! ある物をすぐ持ってきますねー」


 騎士のように見事な敬礼を見せアレックスは踵を返す。

 従者の後ろ姿が消え、廊下には他に誰もいないことを確認してから扉を閉めて部屋に戻る。

 窓際から鼻歌が聞こえてきた。一人でいないと気付かない程の声量だ。

 発信源はフードを被った少女だった。自分がアレックスと話している間ここにいたのだろう。

 部屋の壁に寄り掛かるように立っていた少女が、自分が話を終えたのに気がつき片眉を持ち上げ、鼻歌を止めた。


「な、いただろう?」

「いたね」


 頷き、リリヤの隣に立つべく窓際に向かう。

 日は先程よりも上っていて随分と明るくなっていた。


「私が幽霊だということ、分かってくれたか?」

「少なくとも僕の幻ではなさそうだ」


 換気も兼ねてひんやりとした窓硝子に触れ、握り拳が通る程度の隙間を開ける。

 朝の空気は心地好い。


「君さ」


 窓を開け終え体の向きを変えると、すぐ隣にリリヤがいて面食らった。


「うわっ」


 体を少々反らして驚く。含み笑いを浮かべている少女に気がつき、一度咳ばらいをしてから話を続ける。


「簡単に言うとユユラングを支えるためにいるんだろう?」


 特に気にした様子もなく少女はこくりと頷いた。


「うん、そうだ」

「だったら今、ユユラングが存続するかしないかの状況にあることも知ってる?」

「勿論だ。だからお前と話をしにきたんだ」


 窓辺に腕をついて寄り掛かる。秋の訪れを知らせる冷たい風が、前髪を撫でていく。


「ってことはだけど……ユユラングを立て直す策が君にはあるの?」

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