6 「お前、結構細かいな」


 父の名前を耳にし、リリヤに当たっても仕方がないかと体を起こす。

 だがリリヤに当たることなく通り抜けられることによって体を起こせた。床に足を降ろし寝台に座りながら、引きつりそうになる頬をなんとか抑えて、幽霊らしいから、と自分に言い聞かせた。


「もちろん知っている。あいつとは……相棒だったからな」


 リリヤも起き上がったらしい。自分の隣に座り直している。

 相棒と口にした瞬間、その長い睫毛と声が震えたのが見えた。父の死を嘆いたように見えて、二人の関係を疑う。


「父上に後妻は居なかったから、そういう意味の相棒?」

「違う! 幽霊って言っただろ。それに私は密偵なんだ、幽霊のな」


 胸を張って告げてきた少女を映す。

 そんなことをされてもどう反応していいか分からない。幽霊と密偵がどうしたのかも分からない。

 少し遅れて何も言わずに頷いた。


「人間が人間の上に立つのは大変だし、限度がある。昨日握手を交わした公爵が、今日は刺客を放ってくることも珍しくない。そこで私達幽霊の出番だ。時には相談相手として、時には密偵として私達を使う……それだけで刺客から逃げられることもある。幽霊はお前達領主にとって武器になりうる。この世界はそういう秘密を持っているんだ」


 眉間に刻んだ皺が深くなる。

 これは幻覚との対話であって、幽霊について話をする物ではない。領主になったつもりもない。

 しかし、幽霊の密偵とやらは獲物を咥えた猫のように目を細め話を続けた。


「幽霊の密偵は、各領主に一人傍にいるんだ。常人に見えず、壁をすり抜けられる幽霊は、密偵として申し分ないからな。死体さえあればそいつに憑依することもできるし、私が見えるのは領主と霊感が強い一握りの人間だけで使いやすいぞ」

 やる気に満ちあふれた通りの商人のように、幽霊についてリリヤは喋り始める。

「へえ……」


 相槌を打つことしか出来ない。気にせず少女は続ける。


「私はそうやってユユラングを領主と一緒に支えてきたんだ。レイモンドだけじゃなくて、初代ユユラング領主ともお前の祖父とも、ずっとだ。お前の兄……シモンは補佐だったから私を見る機会に恵まれなかったがな」


 肖像画でしか見たことのない先祖の話を出されても、いまいちピンと来なかった。

 それでも肩を並べて話そうと思ったのは自分なので、これまでのリリヤの話をざっと整理する。


「……君はユユラング一族を助けてくれる幽霊で、領主なんかには見える。だから父上は君を見れて、兄上は君を見れなかった。ってこと?」


 口にしていく内に不信感が募っていった。

 リリヤの話が事実なら、父にも隣領の伯爵ラウルにも幽霊が見えていることになる。父は独り言の多い人で、ラウルはキョロキョロと辺りを見回す人ではあったが、それは幽霊が見えていたからなのだろうか。

 下らない話だ。

 そんな話どの本にも書かれていなかったし、不審に思ったことだってない。

 ただどうも、リリヤの話を根っから否定出来ない自分が居るのは事実だ。体を流れる本能みたいな何かが彼女を認めている、不思議な感覚が芽生え出している。


「うん。合ってる。すぐに分かってくれたみたいで嬉しいぞ。お前は本ばかり読んでいただけあって賢いな」


 話が通じたとリリヤは嬉しそうに笑う。目を細め、猫だったらすり寄ってきそうなくらい上機嫌だ。

 そんな少女の横顔を前に少し胸が痛んだが、セオドアは首を横に振る。


「いや、分かってないよ」

「ん? どこだ?」


 否定をするとリリヤの表情が若干固くなり、こちらに視線を向けてくる。


「一つ目はどうして急に君が僕に見えるようになったか。二つ目はなんで君がそんなことをやっているか。三つ目は……君が本当に幽霊か。正直なところ、僕は君の存在を信じていない。君はたしかに人間じゃないみたいだけど、ユユラングがこんな状況だから、心が摩耗した僕の幻だと思っているよ」


 存在を疑われたリリヤは面倒臭そうに鼻を鳴らした。


「お前、結構細かいな」

「本ばかり読んでいたからね」

「……それに意外と生意気だ」


 何事にも勝ってばかりいた幼なじみに、成長してから負かされた女性のように悔しげに言われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る