第39話 虹の彼方に
あれから数年の月日が経って安奈と出会って五度目のクリスマスがやってきた。
人々は寒い日本を離れ、冬休みとお正月を兼ねて、ハネムーンの人々や若い男女のカップル、子供を連れた家族や熟年の夫婦まで暖かいハワイにやってくる。
そしてホノルル空港の到着ロビーでは、そんな人々の沢山の愛に満ち溢れている。
空港のこの時期は日本人観光客でいっぱいだが、海外からの航空会社も乗り入れているので各会社のパイロットやアシスタントパーサー達やCA達も大勢降りたって空港はごった返している。かつては私はパイロットに憧れた時期があり、そんなキリッとした制服姿がとても好きだった。
その何人かのパイロット達の中にひとりの男性が降り立った。それは紛れもなく安奈のお兄さんだった。
天使達は使命を果たした今はもう過去の記憶はないのだろう。
お兄さんはどうしてパイロットにと一瞬思ったが、妹の安奈を当時スチュワーデスにと外国語の大学を推薦していた事を安奈がよく話してくれた。彼女の兄も、もしかしたら私と同様にパイロットになろうと思っていたかも知れない。そしてまた神の次の使命を帯びて天国からやってきたのだろう。
相変わらず出口には沢山の現地のお迎えの人や旅行会社の現地案内人の人で、ここでも溢れかえっていた。
空港の出入国場所に一際背の高い日本人の女性が、旅行会社の名前の入った旗を高く振り上げて立っていた。
彼女もまた高校生時代に会ったあの時の懐かしい彼女だった。
彼女はツァーコンダクターになって、多くの旅行客を引き連れて到着出口でお迎えしている。きっと彼女は私達の時と同様に、人のお世話が好きなんだろう。
彼女も又、安奈のお兄さんと同じで、もし私を見ることがあっても、もう私のことを覚えていないはずだ。
彼女もまた誰かの為に地上に降りてきて使命を果たそうとしているのだから。
ホノルルのワイキキビーチに面した有名なホテルの入り口には3メートルくらいあるだろうか大きなクリスマスツリーが置かれていて、ロビーのエントランスに居る半袖姿の客とのアンバランスな所がとても滑稽でならない。
そしてフロント近くにアロハシャツをきた、またもや見慣れた男性が立っていた。そうあの時の行き付けのホテルのバーテンダーだった。彼はとても話上手だったので適材適所というか、今度はホテルのコンシェルジュになって大勢のお客様と明るくにこやかに接客をしている。
そしてこの地上にはまだ私の知らない多くの天使達がそれぞれの使命を帯びて降りてやって来ている。
夕方近くなると、この日もまたハワイ特有のスコールが降り、止むと必ずといって良いほど何処かに虹が出来る。それは日本ではあまり見掛けない海と陸に掛かる想像以上に大きく綺麗な虹で、アラモアナビーチからダイアモンドヘッド方向側に見た虹は鮮やかで特に綺麗だ。
(人は良く虹の彼方向こうには何があるのか行ってみたくなる話をする。
実際は何もない風景だと分かっていても、夢のような素晴らしい世界があるのではないかと、人は期待を膨らませ虹に魅了される。もし私が小学生の時に出会った小さな天使に、虹の彼方向こうに何があるかと問い掛けたとしたら、彼女は何て答えるだろうか。
きっと彼女はこう答えるだろう。
「・・・内緒・・・」
だと)
そろそろ夕日が沈む時間になり、アラモアナ公園の遊歩道を仲良く手を繋いで、サンセットビーチに向かって歩く一組の熟年の夫婦らしきカップルの後ろ姿が見えた。その後ろ姿はふたりで数多くの人生を乗り越えてきたような自信に満ち溢れ堂々としていたが、どこか微笑ましい姿のようにも見えた。きっとふたりで静かに沈む夕日を見に浜辺を散歩に行こうとしているのだろう。
そしてふたりは何の会話もなく、同じ視点で沈む夕日に包まれながらサンセットビーチを歩いていた。
するとその繋いでいた女性の手に夕日があたり、指にキラッと光るものがあった。目を凝らしてよくよく見ると、その繋いだ女性の薬指にはあの一つ二つ、いや幾つものゼロの足りない指輪が夕日に光輝いていた。
そして長い1日の終わりに、遥か海の彼方に沈む夕日に、あのグリーンフラッシュが一瞬見えたような気がした。
私は思う。初恋には人それぞれの解釈と定義がある。
多くの人は初めて好きになった、初めて恋をした時の気持ちを初恋と定めている。ではその好きとか恋の定義はどのようなものだろうか。
これもまた同じように、千差万別の捉え方がある。どちらにせよ初めてであることには変わりない。
例えば、幼稚園の時に好きになった担任の女の先生、小学校の時に隣に座った女の子に初めて異性を感じた時、中学生の時に好きになった女子生徒と別れ際に初めて好きだと言った時、高校生の時に高鳴る気持ちで初めて映画に誘い初デートした時、人それぞれの当時の想いはどれも忘れ難い思い出には違いない。
そしてどの時を初恋と人は呼ぶのか。幼稚園の時に大人の女性に叶わぬ恋した時なのか、小学生の時の朧気な恋心を抱いた時なのか、中学生の時に憧れの彼女に好きだと告白出来た時なのか、高校生になってバイトして初めてデートに誘った時なのか、人は皆どの時を初恋と呼ぶのだろうか。
私はこの歳になって深く思う。
(人生の最後に一番逢いたかった愛しい人こそが私にとっての生涯初恋だと・・・)
What if / 38年目の初恋 Kensho @masanori0503
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます