第31話 思い出探し

私達は昼間に三回目のデートの待ち合わせをした。今日は懐かしいふたりが通っていた高校に行って、ふたりが忘れていたことを見つけに、彼女といつも送って行っていた駅で待ち合わせした。その駅も今では様変わりして、あの時の面影はなく新しい駅舎になっていた。

そしてあの時と同じように、駅に着くまで私達は記憶にある思い出話をしていた。ただ一つだけあの時と違っていたのは、つり革を持たないもう片方の手はしっかり彼女の腕を掴んでいて、揺れる電車から彼女を守っていた。

学校の最寄りの駅に着くと私達は学校の正面入り口の校門まで歩いた。

今から思ったらとても懐かしい道だった。その道の周りに立っていた小さな薬局やお店は無くなっていて、今では大きなドラッグストアやコンビニに変わっていて、時代の流れを感じた。

「変わってしまったね。当時あったお店も無くなっているね」

と言って周りに目線を配らせていると彼女は懐かしいそうに話てくれた。

「この辺りに美味しいお好み焼き屋があって、お腹空いた時に女友達と学校帰りに立ち寄っていたことがあったの」

「その時、友達に安奈は正樹と付き合っているのと聞かれたことあったのを思い出した」

「あの頃は正直に言うと付き合うってどういう事かわからなかった。確かに正樹とは一緒に帰ったりしてたけど正樹から何も告白されたこと無かったしね」

と話してくれた。私は彼女に

「あの時は好きな人がいたから」

と言って話をたぶらかした。

「誰なの?」

と聞かれたが何も答えなかった。ゆっくり考えれば分かりそうなことだから。

あの頃は安奈のことは何でも知っていたかったし、気になったら止まらなかった。そんな青春時代が懐かしくて、燃えつきそうな気持ちでいっぱいだった。

「やっぱり来て良かったね。一つ大切なことを思い出したよ、安奈」

「どうしても行かなきゃならない場所がある」

私はそう言って歩きだした。

今日は土曜日とあってクラブ活動している生徒だけ登校しているようで、正門には誰もいなかった。正門を入ると左手には学食があって、当時授業の間のほんの数分でお腹を空かせた生徒の為に、ラーメンやうどんを急いで作ってもらっていて、ほんとよくお世話になった。彼女もまた意外やその生徒の中のひとりだったことが分かった。

その食堂の間を抜けるとグランドになっていて、私はグランドで立ち止まって辺りを見渡し、あの時の情景を思い出そうとしていた。そしてあの時の流れる雲を見た時と同じように空を見上げ、そして色褪せてしまった校舎を懐かしく見ていた。すると彼女は静かに私の横に来て私の手をそっと握りしめ、私と同じように校舎に目線を合わしてくれていた。


「安奈、確かこの場所だった。38年前、あの時・・・ここで・・・」


私は呟くように言った。

私はここからあの春の一筋の光の先に導かれ、教室で安奈を初めて見て稲妻に射たれたことを話した。

私は38年の月日はかかったが漸くこの場所に戻ってこれたことに感謝した。だからきっともう一度あの時と同じように私達はやり直すことが出来ると思った。

「ここがふたりの原点だったんだねぇ。正樹がここに来なきゃ私を見つけられなかったかもねぇ」

私は自信満々な気持ちで、安奈の顔を見て笑顔で答えた。

「そうでもないよ。たとえ光が射していなくても、安奈は眩しかったから直ぐに見つけられたと思うよ」

すると彼女は

「私はそうでもなかった。きっと正樹を見つけることが出来なかったと思う」

そう彼女は受け答えた。何故彼女がそう言ったのが理解出来なかった。

そして当時とすっかり色褪せた校舎を見ながら、お互い止められない時間の流れを感じていた。


私達は正面入り口の受付に行き、来客者用紙に卒業生と記入して校舎内に入れてもらった。私達はスリッパに履き替え階段2階へと上がって行き、迷うことなく思い出詰まった懐かしい教室を前にした。そして彼女に当時のことを思い出して話した。

「この一番後ろの扉から入って、黒板のある所辺りにいるセーラー服姿の安奈を見つけた」

彼女は私に

「私はどうだった?」

と聞くと私はすかさず返事した。

「安奈は他の誰よりも眩しすぎるほど可愛かったよ」

と答えると

「じゃ眩しすぎてはっきり私の顔見えていなかったんだ。可愛くない顔見られてなくて良かった」

と切り返してきた。

私は安奈の顔を見ながら

(お互い歳をとってしまったね。出来るなら若い時の安奈に会ってみたかった。もっと早く安奈を探し出せなくてごめんね)

と心の中で謝った。

そして私達はお互いに当時座っていた場所を思い出し、共に座ってみることにした。

「今思えば、かなり近かったね。当時は遠く感じていたけどね」

と言うと彼女は

「もう私達、遠い存在じゃなくなったからかな」

確かに彼女の言う通り、あの時はまだまだ彼女のことはほとんど知らなかったから、心の何処かでいつも遠く感じていた。

そしてこの時既にお母さんが入退院を繰り返していて、彼女は家に帰ったら母親代わりに家事をしていたことも知らなかった。彼女にとって高校時代の青春は私とは大きく違っていて、辛くて寂しい時期だったに違いない。そして安奈が時折見せていた寂しそうな顔を思い出していた。この時、私はふたりの思い出は決して楽しい事ばかりじゃなく、辛く寂しい事も同じように思い出してしまうと・・・。

帰り際に私はそれを思ってもう思い出探しは止めようと決めた。

そして彼女に言った。

「安奈、もう思い出探しは止めないか」

彼女は私の思いを察していたかのように直ぐに同意してくれた。

そして同時に、あの時にはもう戻れないことも・・・。

(楽しい思い出と悲しみは表裏一体だった。これ以上安奈を哀しませる訳にはいかない)

探せば探すほど、あの辛かったことを思い起こさせて彼女を傷つけてしまう。それは彼女にとって楽しいはずの青春時代と重なっていたから。


そして私達の思い出探しは何時かあの時の悲しい出来事の日に重なり繋がっていく予感がしたからだ。



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