第27話 ずっと好きだった

私は彼女をタクシーに乗せた後、もう一度ホテルのバーに戻って一息つき、カウンターにいる顔見知りのバーテンダーと飲み直した。ここのバーはいつもよく独りで来るバーで、バーテンダーの彼とは色んな話をさせてもらっていて、私にとっては心落ち着く場所と人物だった。

そしてタクシーに乗せたあの時の彼女の寂しそうな顔が目に浮かんできていた。いつも私にだけ見せるあの寂しそうな顔。

私はバーテンダーに尋ねた。

「女性が寂しそうな顔をする時はどんな気持ちの時かな?」

すると彼はしばらく黙ったまま、クラッシュアイスを入れたグラスにラムとシャンパンを注ぎ、ライムとミントを入れたシャンパンモヒートをカウンターの私に出してくれて言った。

「人生長く生きていれば、一つや二つ誰にも言えないことはありますよ。でもそれは決して顔に出たりするものじゃないから。顔に出るのは人に話を聞いてほしい時や話したい時じゃないかな」

「もし竹内さんがそんな彼女の顔を見たなら、それは竹内さんのこと、安心してると思って出たんじゃないかな。でもそんなに深くはわかりませんが・・・」

私は彼に尋ねて良かったと思い、

「有り難う」

と言ってバーを出て帰りのタクシーに乗り、早速、明日にでも彼女に電話しようと決めた。そして私は彼女と会う約束をしようと。

(それは昔の小心者の私じゃなく、今の自分は彼女を守れる自信があったから)

そしていきなり夜の食事に誘うのもと思い、とりあえず同窓会の二次会で行ったホテルのレストランに予約を入れ、ランチに誘った。


当日、私は少し早めに着いて彼女を待っていたが、彼女から

「少し遅れるから待っていてね」

とメールがきたので、

「逃げたりしないよ、38年も待っていたから大丈夫」とちょっと気のきいた返答も出来るようになっていた。

そして彼女はこの間の同窓会の服装とは違ってデニムパンツに白のブラウスとカジュアルな装いでやってきた。

「遅れてごめんね。この間は有り難う。お陰で早く帰れたよ」

と彼女は言ってくれて

「良かったね」

と返した。

(もしかしてあの時の私の言った声が聞こえていなかったのか)

もし聞こえていたとしても、私は彼女からの返答は考えていなかった。たとえ聞こえていたとして、

(あの時、どうして本当のこと言ってくれなかったの?)

と逆に聞かれも、私は答えることが出来なかっただろう。だから私は話題を懐かしい高校の時に一緒に観たおかしな映画や一緒に駅まで歩いた線路道の思い出話や卒業してどうしていたのか等、いくらでも聞きたいことが多くて話は尽きなかった。

でもいくら聞いてもその時には戻れないことは分かっていたが・・・。

ただ同窓会の帰りのタクシーで見た彼女のあの寂しそうな顔の話はまだ聞けていなかった。

私は彼女に違う話題を持ち掛けた。

「結婚してるの?」

彼女はニコニコしながら

「ずっと昔にお見合い結婚したよ」

「男の子供もひとりいるよ」

「今は母子家庭になったけど」

どうして母子家庭になったなったか敢えて理由は聞かなかった。

当たり前のこととは分かっていたが

「そっか」

「当たり前だよね、未だに独身だったら可笑しいよね、男の方の見る目が無いよね」

と言うと彼女から問いただされた。

「正樹はどうなの?」

私も笑顔で言った。

「俺は相変わらず小心者だから」

「安奈意外の女性を本気で好きになれなかった。なんて冗談だよ」

ほんとは冗談じゃなかったが、私は話をたぶらかして彼女にそう話した。

そして会話が少し空いて、彼女は下を向きながら私にこう言った。

「知ってたよ。母の葬儀の時に正樹が側に居たこと」

「何年か経って、当時仲の良かった女友達と再会した時に、たまたま高校時代の懐かしい話題になって正樹の話が出たの。その時友人の女友達のひとりが葬儀にきてくれていて、帰り道に竹内君と会ったって言ってた」

「私、その話聞いてびっくりして正樹を探して、酷いこと言ってしまったこと、謝らなくっちゃと思ってた」

「それから正樹がどうして葬儀に参列してくれなかったことも知ってるよ。正樹のことだから、私が大声で泣いていたから、悲しむ私を見るのが耐えられなかったんだよね。そうでしよ。正樹は小心者だから」

「もう忘れていたでしょ、私のことなんか」

彼女のその話で、私は38年間、ひとり思い悩んだことが嘘のように消えさった。

何やら吹っ切れた私は彼女にありのまま話した。

「忘れることなんか無いさ。安奈のことで覚えていること聞きたいか、お前の実家の電話番号も、勿論お前の誕生日だって何をプレゼントしたかも、電話でお父さんに間違って愛の唄を歌ったことも、雨降りに一緒にふたりで傘さして帰ったあの赤い傘の色だって、いつもはいていた傘のマークの靴下だって、制服のスカートのお尻が椅子に擦れてピカピカに光っていたことだって、お前のことは全部覚えているよ」

「まだまだあるけど聞きたい?」

「初めて出会った時、一筋の光の先にお前がいたことも」

「俺がその時稲妻に射たれたことも」

「そしてお前のことがずっと好きだったことも」

38年、言えなかった言葉を・・・。

その時、私は初めて彼女に本当の気持ちを伝えた。







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