第26話 伝えたかったこと

休暇を終え、私は今回初めての同窓会に行った。会場は高校のあった直ぐ近くの小さなホテルの大広間だった。会場の受付には同窓会役員が忙しそうに名簿を整理していて、私は名前を告げ名札をもらった。おそらく名前と顔が一致しない為に必要だったのだろう。会場に入ると大勢の人達がいて、確かに容姿が変わっていて名札を見ないと誰だか分からなかった。特に女性は見分けがつかなかったぐらい、変わっていた。私も髪が白くなり、そう思われていたかもしれない。


同窓会は三年に一度の開催で仲間は皆元気で、懐かしい思い出をそれぞれ語っていた。残念ながらテーブルに置かれていた今回の出席者名簿には安奈の名前は無かった。でも私は彼女の友人を探し、彼女は今何処でどうしてるか元気でいるのか知りたかったが、その友人すら見当たらなかった。

過ぎ去った時間を考えれば、勿論彼女は結婚して子供もいて幸せな生活をしているだろうと思ってい たし、もし会ったとしても幸せな彼女の姿を見たらそれだけで十分だと思っていただろう。

そして私は遠巻きで彼女を見ているだけだっただろう。たとえ彼女が今幸せでなかったとしても、今 さら私が彼女とまた仲良くなるなんて烏滸がましい話で、心の何処かで幸せでいる 彼女を願っていた。

あいにく彼女のことをよく知る友達も出席していなかったし、彼女の消息を聞くことも出来なかった。


そして私はまた日常の生活に戻ったが、やはり彼女のことが頭から離れない。何日か経って同窓会役員に問い合わせても連絡が取れない状態だった。それでも何か手がかりがないかと考え、以前彼女の住んでいた家に行ってみることにした。

彼女が住んでいた場所もすっかり様変わりしていて、全く手掛かりがつかめない。まして女性は結婚して嫁いでしまうと探しようがないことくらいは最初から分かっていたが、どうしてあの場所がどうなっているのか確かめたかった。


そして見つからないまま、三年が過ぎ二回目の同窓会の案内状が届いた。今回は会えるのだろうかと高鳴る気持ちを押さえて行ったが、でもやっぱり彼女は来ていなかった。もし同窓会があること知っていたら、彼女の性格だったら必ず来ると思っていた。そして九年が過ぎ、三回目の同窓会も残念ながら彼女の姿は無かった。恐らく彼女は同窓会のことは知らないのだろう。ただ私は会えなくても彼女が元気でいて幸せでいることだけを願っていた。


ある日の朝、張られたロープに二匹の小さな雀が体を寄り添うように仲良く留まっていた。私はその微笑ましい光景を見て、沢山の雀の中から彼女を見つけたんだなと思った。

雀でさえ見付けることが出来るのに、人間である私がどうして彼女を探しだすことが出来ないのか、仕事で忙しいことを理由に本気になって探していなかったのではないだろうか。


そしてその夜私は彼女の夢を見た。それはなんとも言えない滑稽な夢で、その夢の設定は豪華客船で行く修学旅行で、高校生の彼女が当時のままの制服姿で現れ、部屋割りされたどの部屋に彼女がいるのか分からず、私が必死で探そうとしている夢だった。

目が覚めて、やっぱり夢でも彼女を探しているんだと思い、まだ見ぬ彼女は、夢の中でも当時のあの時のままだった。その後にも数回同じ夢を見たが、どの夢も私だけが大人で彼女は高校生のままの姿だった。


そして12年の歳月が過ぎ、四回目の同窓会の案内状が届いた。私はこの時、彼女を探すのは今回の同窓会で最後にしようと心の中で決めていた。同窓会のメンバー達も、決まった同じ顔ぶればかりで、これ以上期待出来なかった事と、夢で彼女は何回も私の前に出てきてくれたから、これからもきっと、ずっと夢で会えるのだろうと思っていたからだ。


そして四回目の同窓会の当日になり、少しずつではあるが出席者も増え、会場も市内のホテルに変わった。それでも私はあまり期待する事無く仕事を終えてから少し遅れて行った。

ホテルの会場内に入ると、もうすでに始まっていて、同窓会出席者受付に誰も居なく扉も閉まっていた。私は注目されないように恐る恐る扉を開けて入って行った。会場は円形の大きなテーブルに既に料理が並び、20くらいのテーブルがあっただろうか、当時三年生の時のクラス別に分かれ配置されていた。

私のクラスのテーブルはたまたま後ろの方だったので、遅れて来たのに注目を浴びず気づかれずにそっと名前の書いてあるガードの自分の席に着いた。その席にはいつものクラスメイトの顔ぶれが揃っていて、私はテーブルに置いてある今回の出席者名簿に目をやり、半ば諦めの気持ちでいつも通り安奈の名前を探していた。

すると突然前の方から、忘れかけていた懐かしいあの大きな明るい声が会場内に響き渡った。

「正樹」

その大声で遅れて来た私は皆に注目され少し照れくさかったが、私は出席者名簿の紙から名前を探すのを止め、慌てて声の聞こえてきた会場の前方の方に視線を移した。

当時、私の下の名前で呼び会っていたのはクラスの中のほんの数人の女子生徒だけだった。勿論、大好きだった安奈もそう呼んでくれていたひとりだった。

そして初めて彼女を見た時と同じように周りがうっすらと霞がかかったようにぼやけ、彼女だけがはっきりこの目に飛び込んできた。

38年経ったのに彼女はあの時のままで何も変わっていなくて一目で彼女だと分かった。欲目じゃないが、当時より少し髪の毛が伸びていて、ずっと綺麗であどけないままの安奈の姿だった。

(やっと逢えたね)

私は心から込み上げてきた最初の無音の言葉だった。


(この日から私達の運命の糸は繋がり、共に生きていくことになろうとしていた)


私は今直ぐにでも彼女の側に行きたかったが、全員の注目を浴びていたので直ぐには行けなくて、暫くテーブルのクラスメイトと雑談していた。顔や容姿がまったく変わっていた仲間もいれば、殆ど変わらない仲間もいて、気持ちだけは38年前の高校生の時にタイムスリップしていた。

私達は少しお酒も入り、徐々にテーブルから立ち上がって違うテーブルに移動する人も現れ出したので、私も直ぐに人目を憚らずに彼女の側に行った。するともう既に何人かの男達が取り囲むように彼女の側で楽しそうに話していた。

(流石、マドンナ)

やっぱり彼女はいつまでも人気者だった。私は側まで行って取り囲んでいる男達を押し退けて話したかったが、ここは自重してもう少し後にしようと思って戻ろうとした時、又もや大声で

「正樹、久しぶり」

と呼び止められた。そして私は思わず振り返って見ると彼女が駆け寄って来て、そして彼女の方から先に

「元気だった?」

それは私の方から声を掛けて言おうとしていた言葉だったのに・・・。

「まぁ、元気かな」

相変わらず私は愛想のない返事しか出来なかった。

(ほんとは12年間、ずっと探していたんだよ)

(逢いたかったよ。何処にいたんだよ)

そんな気持ちだったけど、彼女の顔を見たらすっかり忘れてしまった。

「また後でねぇ。先に帰らないで待っててねぇ」

と彼女は言い残して自分の席に戻って行った。

高校生の時に良く聞いていたセリフで、とても懐かしいフレーズだった。私はその言葉を聞いてクラスの教室の出た廊下で、彼女が来るのを待ってふたりで一緒に帰っていた。

私は彼女に照れ隠しに

「帰るわけないだろ、バァーカ」

そう言って私も元の席に戻って行った。三時間ほどだったか、同窓会も終盤になり、全員で集合写真を撮ることになっていた。当時、写真クラブの仲間がいて、皆のテーブルに回って写真を撮ってくれていた。集合写真はなかなか皆が揃わなく、色んなポーズしたり好きな仲間同士集まったりして暫く時間がかかったりしていたが、漸く集合写真を撮り終えて席に着こうとした時、彼女が後ろからやって来て

「写真撮って貰おうよ」

と高価な一眼レフのカメラを持った人を連れて来ていた。

そして満面の笑顔の彼女とびっくり表情の私達だけ写った、たった一枚の思い出の写真が出来た。


同窓会も終わり、会場出口付近で幾つかの集まりが出来ていて二次会の相談をしていた。私は彼女の言う通りに出口付近で待っていると、そこに彼女がひとりでやってきた。

「お待たせ」

又もやいつか聞いたフレーズ。

彼女はニコニコしながら

「二次会どうする?」

と彼女が言ってる間に、私達の周りには数人の仲の良かったクラスメイトが現れた。

私は彼女とふたりきりの同窓会にしようと思っていたが、数人の仲間達と男どもが集まってきて2次会の場所の相談したが、大勢いたので場所を確保出来ず、ここは私が仕切って仕事上よく利用しているピアノのあるホテルの大きなバーを予約し確保した。その時は既に仲間達は数十人に膨れ上がっていた。


ふたりきりの同窓会も良いが、久しぶりに集まったクラスメイトとの積もる話、当時の友人の消息、担任の先生方、好きだった人の話題等、群れるのが嫌いな私でも、なかなか楽しいものだと思った。私は彼らの話の聞き役に徹していて、大好きな彼女の事は話さなかった。何故なら仲間も私達の事は薄々感付いているだろうし、敢えて言わなかった。

バーとあってゆっくりとした時間が流れ、大好きなワインを飲んでいると彼女の方から小さな手でワイングラスを持って私の横に座った。

今度は私から彼女に話掛けた。

「安奈もワイン好きなんだ」

「正樹も?」

そして私達はワインの話になった。

私は欧州によく出張に行っていたこともあって、一時はソムリエの資格を目指してワインの勉強もしたほどワインが好きで嗜むようになった。特に最近は赤ワインばかりで白ワインは殆ど口にしなくなった。特にフランスのボルドーワインやブルゴーニュのワインが好きで、今でもよく飲んでいる。ワインのはまる所は、葡萄の品種、採れた国や場所、熟成と収穫の年代とマトリックスのように複雑に絡み合っていて、とても興味深い。欧州人はよく

「葡萄畑と美人はよく手がかかる」「ワインと女性は同じよう」

「ワインと踊りと仲間」

と言われていて、その国々のお国柄が出ている。

彼女はと言うと、ワインを飲み始めたのはアメリカのワイナリーに行ってからだと聞いた。その切っ掛けで赤ワインが好きになったそうだ。

私達はお互いの近況も話さないで、ずっと一緒に居ていたかのように話が弾んだ。また仲間達も加わり、お酒の失敗談等、お酒の話題が尽きなかったのを覚えている。

するとバーのピアノタイムになり、美しいジャズの音色が流れてきて、仲間達は話すのを止めて聞き入っていた。

私はその聞き入っている彼女の横顔を見ながらそっと柔らかな小さな彼女を手を握って、ピアノのある方に招いて行って、

「踊ろう」

と一言だけ声を掛けた。お酒の勢いか、はたまた人生と年齢の積み重ねか、私は仲間達がいる前で大胆な行動に出ていた。

(これが本来の自分だ)

と言わんはかりの行動に安奈をエスコートして私達はスローダンスを踊り出した。

彼女は元々陽気な性格なので、私の行動を嫌がりもせずにすんなりと受け入れてくれた。

海外では気分がのって音楽があった時は、何処でも踊ったりするのは日常茶飯事のことだが、まだまだ日本では見掛けない光景だったことだろう。仲間達は最初、驚いた表情だったが、その内私達に影響されたのか、一組二組と後に続いて踊り出した。フォークダンスじゃあるまいし、ちょっと曲が違うのだが、仲間達は楽しそうに、それはそれなりに代わる代わる女性も男性も交代して楽しく踊っていたのを覚えている。


夜もふけてきてバーも落ち着き出したので、仲間達にそろそろ時間を告げた。残り少ない時間で仲の良い友達は電話番号を交換したりメール交換したりして名残惜しんでいた。私も同様に現在の彼女の事は何も聞けずに電話とメールだけは交換した。そして電車のある時間だったので皆は電車に間に合うように帰って行った。私はホテルのバーのチェックとスタッフのお礼があったので少し遅くなっていたが、彼女は最後まで残っていてくれた。そして私は

「家は遠くない?」

と彼女に聞いてタクシー乗り場まで送って行き、何台か並んでいる先頭のタクシーのドライバーにそっとタクシーチケットを渡し、

「彼女の指定場所まで頼むね」

と言って黙ったままの彼女を後部座席に乗せた。

窓の閉じたガラス越しの彼女の顔はあの時と同じように少し寂しそうに見えた。

(聞けなかったあの時のように)

私は走り出そうとしているタクシーの窓越しの彼女に向かって初めて大きな声で言った。


「安奈、今幸せか?」

「あの時ほんとは側に居たよ」


聞こえていたかどうか分からないが、彼女を乗せたタクシーはやがて見えなくなった。38年間、ずっと彼女に伝えたかった言葉だった。

そして今、彼女に会って一番本当に伝えたかった言葉は違っていたことにやっとこの時に気付いた。

本当の忘れ物はこの言葉だったと。


「ずっと好きだった」


そしてこの日から私は安奈の夢を見なくなった。







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