第24話 たったひとつの忘れ物

その頃の私は毎年、11か月全力で働いて、丸々一か月は充電期間と自分のご褒美として、読みたかった数冊の本を持ち込んでハワイのコンドミニアムでのんびりと独りで過ごすことにしていた。

少し時間の余裕も出来て、仕事の事は一切忘れて好きなことをするのが目的だった。

ハワイを選んだ理由はもともと元々暑い所が好きだったこともあるが、仕事柄、スキーウェアやボードウェア等のウィンタースポーツのデザインを手掛けていたことから、どうしてもスキー場とか行くとついついリサーチしてしまう癖が出てしまって気持ちが落ち着かないのだった。

それに私の趣味がサーフィンとスキューバダイビングだったのでどうしても海のある場所になっていた。

昔から四、五日暇あれば石垣島、沖縄、グアム、サイパン等行っていたものだ。その中でハワイがやはり過ごしやすいと言うか気候やコンドミニアムの設備等が充実している為か、他に変更しようという気にはなれなかった。

もうひとつの理由は他の島に容易に行ける所だと思う。日本人が沢山いるオアフ島に飽きたらマウイ島やカウワイ島に足を伸ばして行ける所も魅力のひとつだった。また英語圏なのでネイティブの人との会話することで英語を忘れないのも理由のひとつだった。

向こうでの日課は週に二度の食料の買い出し。日系のスーパーに大量のハムと肉と野菜とパンとローファットミルク。話す言葉は店員に週に二度、支払い時に話す言葉は

「プラスチック チェック」

「サンキュー」

の二言葉だけ。一週間何も話さないことも。

職業柄、話するのが仕事なので休暇中は誰とも話したくないのが本音である。時々私はひょっとしたら人間嫌いかもとよく思う。

日本に居る時も仕事が終わると適当に食事して、家ではあまり高価でない大好きなハウスワインと趣味の映画を大画面テレビでベッドホンしてベッドで観ながら、いつの間にか寝てしまうのが至福の時間だった。


ハワイでの私の日常は、早朝にアラモアナ公園をTシャツに短パンでぶらぶら三時間散歩し、昼前ぐらいにパンにハムを挟んでサンドイッチにして、コンドミニアムのプールサイドで本を読みながらブランチをして、天気良ければ少しプールで泳ぎ、部屋に帰って暫くお昼寝をする。夜の夕食は殆どが肉を焼いてサラダとワイン。本を読んだりテレビを観たりしてじっくり時間を掛けて楽しむ。そして週三回お昼前後にシーツの洗濯等の為にハウスキーパーがやってきて30分ほどジュースで世間話をする。

特に何かをすることでもなく、殆ど外食せずに夕方になるとアラモアナ公園やヨットハーバーに行ってサンセットを見たりしてゆったりと一日が終わる。

昔から群れるのが得意じゃない性格だったから、出来るだけひとりで過ごしていたように思える。

休暇中に思うことは、自分のご褒美もよいが、また一年が過ぎていくことに何か虚しい気持ちになり、それは度重なるごとに切々と感じるようになってきた。

昔の自分はもっと行動的だったのに、今は何もしていない。自分自身わからないが何かを待っているだけのようにも感じた。そして未だに夢の答えも見つからないまま・・・。


最近人生について良く考えるようになった。

私の人生はマラソンでいうと既に折り返し地点を過ぎていたと思う。

そして「何かやり残した事はないか」そう自問自答を繰り返していた。そんなことを考えていた時に、ふと私は高校の時の同窓会の葉書が来ていた事を思い出した。それは旧友が同窓会役員をしていて私の住所を調べたのだろう。

何度か声がかかっていたのだろうが、なにぶん仕事で出張が多く、殆ど家に居なかったので連絡がつかなかったと思う。

私には正直これといった友達がいなかったので、もし連絡が取れていたとしても恐らく同窓会には出席していなかったと思う。でも人生の折り返しにきてしまったので久しぶりに昔のクラスメイトと会うのも楽しいかもしれないと思い、早速日本に帰ったら連絡し今回は出席しようと思った。ひょっとしたらこれから交流が出来るかもしれないし、また新しい発見があるかもしれないと思い、今回から出席しようと決めた。

その時に私は頭の中では、いくら考えても見付からなかったこと、それは心の中にずっと前からあった忘れ物を見つけ出せたような気がした。


その忘れ物は大好きだった安奈と再会することだった。


(本当に会いたいのは仲間じゃないこと)

(本当に逢いたいのは安奈だということ)


やっぱり今でも安奈の事が好きだったことに気付いた。このもやもやした気持ちがずっと消えなかったのは最後に安奈に本当の事を伝えていなかったことがあったからなのか、もう自分の気持ちを隠すのは止めようと思った。

私の中のたったひとつの忘れ物は、もう一度彼女に会って、今まで心の中にずっと封印してきた本当の事を話すことだと気付いた。


あの時言えなかった本当のことを今直ぐにでも伝えたい。

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